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コミュニケーション下手を克服するため日本全国縦断にチャレンジした今村さんだが… (C)Studio AYA

耳が聞こえない女性映画監督・今村彩子さん。アメリカ留学で映画づくりを学び、4年前に全国上映されたろう者(聴覚障害者)のサーフショップ経営者・太田辰郎さんのドキュメンタリー映画「珈琲とエンピツ」ほか数本の監督作品を発表している。それだけに“コミュニケーション苦手な監督自身によるコミュニケーションをテーマにしたドキュメンタリー”という触れ込みに、「ホントに?!」と思ったのが第一印象。作品を見て、ほんとうにキャッチのコピーーどおりでした。前作の「珈琲とエンピツ」では、ろう者の太田さんが健聴者と“伝えたい気持ち”でコミュニケーションしていく姿を追った。そして、本作では、今村さん自身が“伝えたい気持ち”を行動に移すため、自転車で日本縦断にチャレンジする。自分の心の殻がさらけ出される勇気の要る作品に、ハンディキャップの有る無しではなく、コミュニケーション苦手と感じている人への確かのエールが聴こえてくるロードムービーだ。

【あらすじ】
生まれつき耳が聞こえない今村さんだが、母親の加代子さんは手話、口の形で言葉を読み取る口話、筆談などを親身に教え、普通学校での教育をサポートし、アメリカへの留学もフォローした。その加代子さんが急逝した。1年間、ショックと喪失感に生きる気力が失われるほど落ち込んでいく。「このままではいけない。次に進むためにも映画を作ろう」。再び映画づくりへの気持ちがわいてきたのは、加代子さんが亡くなったころから乗り始めた自転車。少しでも漕ぎ出せば、前進む。健聴者とのコミュニケーションに苦手意識を自覚している今村さんは、自転車で沖縄から北海道まで縦断するロードムービーでコミュニケーションをテーマに映画を撮ることを決意する。

今村さんは、クロスバイク暦1年の初心者。地元の大型自転車専門店ジテンシャデポのスッタフ堀田哲生さんが、伴奏と撮影をサポートしてくれる。撮影は素人だが、簡単な手話は通じるし空手の師範でもある。スキンヘッドで体格は細身だが頼りになる。…が、「①自転車のパンク・タイヤチューブ交換などの簡単なことは助けない。  ②撮影すること以外は助けない。  ③私(今村監督)と旅で出会った聞こえる人との通訳はしない。  ④宿の手配やキャンセルなど私の代わりに電話をするということはしない。  ⑤私が道に迷っても教えない。」 など、出会った人たちとなるべく一人旅に近い状況でコミュニケーションするためのルールはしっかり決める。

伴走者兼撮影の堀田さん(左)と旅の終わりごろに出会ったオーストラリアから来たろう者ウィル (C)Studio AYA
伴走者兼撮影の堀田さん(左)と旅の終わりごろに出会ったオーストラリアから来たろう者ウィル (C)Studio AYA

2015年7月1日。沖縄県那覇市を出発。自転車2台で目指すは北海道宗谷岬。ところが、左折・右折の進路変更するのに方向指示のサインをしなかったり、黄色信号なのに止まらずに交差点を突っ切ってしまう今村さん。伴走者泣かせでは済まない、二人とも死ぬかもしれない危険なことだと堀田さんは厳しく叱責する。コミュニケーションをテーマに撮りたいと出発した今村さんだが、道などを聞くことはあっても健聴者に話しかける場面は少なく、道端でパンク修理している人をチラ見するがそのままスルーしてしまうこともある。堀田さんは、「なぜ、何か手伝えることありませんか?」と聞かないのかと、また厳しい指摘。「大丈夫そうだったから。私は、耳が聞こえないのだから」と言い訳する今村さんに、「勝手に自分で決めつけちゃダメ!」と主張する堀田さん。今村さんが「堀田さんは聞こえるけれど、私は聞こえないのだから」という二人のやり取りは繰り返し出てくるシーン。時には、堀田さんがカメラを脇に置いたまま音声だけで口げんかが続くこともある。そこまでさらけ出していいものだろうか、と心配になるほど堀田さんによく叱られて、落ち込む今村さん。なんのために、日本縦断しているのか…。そんな気落ちしている今村さんは、オーストラリアから来て日本縦断にチャレンジしている同じろう者のウィルと出会い、何か大切なことに気づきが与えられていく…。

【みどころ・エピソード】
今村さんは、まったく耳が聞こえない。補聴器を付けてもタイミングがわかる程度で、会話の言葉は分からない。ただ、ゆっくり言葉を発してもらえれば口話法でどうにか理解でき、それも難しければ筆談をお願いして口頭で返事する。そのハンディキャップは、名古屋学院大学・愛知学院大学の講師を務めていても、健聴者とのコミュニケーションには、自分がどれだけ分かっているのかという不安から苦手意識は根強くあったという。その苦手意識に面と向かって接した“テツさん”こと堀田さん。堀田さんに「叱られた回数500回以上。ほめられた回数2回」という今村さん。その500回以上とは、まさに堀田さんからのコミュニケーション。「聞こえていない人なのだから…」と忖度するお節介は、今村さんの考えを知ることにはならない。今村さんが、監督として自分の欠点やいたらなさをよくここまでさらけ出せたことに感嘆するが、それは、この作品そのものを今村さんのスタートラインとする決意にほかならないからだろう。

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沖縄から北海道宗谷岬まで全走行距離3,824Km、57日間。毎日、泣きそうな感じの今村さんに伴走している感覚は、観ている自分自身のコミュニケーション力のチェックポインを気づかせてくれる自分探しのロングライドでもある。 【遠山清一】

監督:今村彩子 2016年/日本/112分/ドキュメンタリー/ 配給:Studio AYA 2016年9月3日(土)より新宿K’cinemaほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://studioaya.com/startline/
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