(C)東海テレビ放送
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愛知県春日井市東部の丘陵地帯にある高蔵寺ニュータウン。大阪府の千里、東京都の多摩とともにニュータウン黎明期に名古屋市のベッドタウンとして造成された。日本住宅公団(現在のUR都市機構)による二番目に古いこの大規模ニュータウンのマスタープランを設計した建築家の津端修一さん(90歳)と妻・英子さん(ひでこ、87歳)夫婦が、この人間ドキュメンタリーの主役。モダニズムの巨匠ル・コルビュジエが語った“家は暮らしの宝石箱でなくてはならない”との言葉そのものの住環境と暮らしの考え方、生き方に魅せられる。二人はクリスチャンではないが、街並みに造られた自宅は小さなエデンの園のようで、アダムとエバの姿を彷彿とさせられる。

里山の自然と人間の暮らし
の共生が夢だったが…

1960年に高蔵寺ニュータウンが決定し、マスタープランの責任者に抜擢された津端さんは、開発地域のほとんどが山林・原野だったが谷筋の緩斜面にある畑地や藤山池、高森池、石尾池などの溜池などを活かして雑木林や風の通り道のある住環境づくりを工夫した。だが、戦後の工業復興と経済成長を目指す時流のなかで、ゆとりのある敷地と暮らし方よりも効率と経済性が重視された。尾根を切り崩し、中低層コンクリートづくりの集団的住宅(団地)が建てられていった。

それでも津端さんは粘り強い。津端さん夫妻は、1970年に東京からニュータウンの集合住宅に入居し、5年後には街の一隅に300坪の土地を購入した。自宅は敷地を雑木林で囲い、津端さん自身が敬愛する建築家アントニン・レーモンドの自宅に倣った30畳一間のモダンな平屋建て母屋に離れや作業室、書庫などを併設。当初は無機的に住棟が立ち並んでいたが、時がたち経済成長が安定していくなかで、津端さんの声掛けで高森山にどんぐりの苗木を植樹する運動が広がり、ニュータウンのなかにも木々の緑が増え町の様子が変わっていく。定年後は大学で教えながら二人で育ててきたキッチンガーデンには、いつの間にか70種類の野菜と50種類の果実に増えている。採れたものは食卓に並び、作っていない食材などは英子さんがバスや電車を乗り継ぎ名古屋市栄の行きつけのお店まで買いに行く。津端さんは、どんな料理にして美味しくいただけたかを絵葉書にして買ったお店に送っている。庭の雑木林、キッチンガーデンや街の営みも津端さん夫妻には宝物なのだ。

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英子さんのこだわりは食材だけではない。刺しゅうや編み物、機織りなどなんでも自分でこなす。200年続く造り酒屋のひとり娘だった英子さんは、幼い時から姉やがつけられなに不自由過ごしたが、“女らしく”暮らす術は厳しく育てられた。津端さんとの出会いは、東京大学でヨット部に所属していた津端さんが国体出場の折りに英子さんの実家に宿泊したことがきっかけ。結婚してからもヨットが趣味の津端さんは、自分のヨットを持つのが夢だった。お金に苦労したことのない英子さんには、端からダメと考えるよりも「どうしたら買えるか」とばかり考えていたという。英子さん「自分ひとりでやれることを見つけて、それをコツコツやれば、時間はかかるけれども何か見えてくるから、とにかく自分でやること」を津端さんから教わったという。そした二人の暮らしと生き方が、陽ざしの温もりのように沁みてくる。

暮らしを愉しい働きへ誘う
心に沁みる言葉がいっぱい

人生の生き方は、どこかで誰かが見てくれているものだ。現役引退した津端さんだが、設計思想に共感したある施設から施設のマスタープランの相談を受けた。人生最後の仕事として取り組む津村さん。その姿には気負いはなく、庭の雑木林を通る抜けるそよ風のように静かに想を練る。
“人間はどこに住んだらいいのだろう”というのが、戦中戦後を生きた津端さんの命題だった。それは、津端さん夫妻の頭の中と机の上に描かれるものではなく、300坪の土地を耕し、太陽の光と雲の流れにときを聴き、手で道具を作り種をまき水をやる。現代の都市生活では“めんどくさい”ことだが、人間が暮らすうえでの“愉しい労働”がある。樹木希林のナレーションが、幾度となくそのゆっくりとした時の流れに憩うことの温もりを語っている。「風が吹けば、枯葉が落ちる。枯葉が落ちれば、土が超える。土が肥えれば、果実が実る。こつこつ、ゆっくり。」
エンドロールのテロップに書かれた「すべての答えは偉大なる自然の中にある」というアントン・ガウディのことばが心に残る。 【遠山清一】

監督:伏原健之 2016年/日本/91分/ドキュメンタリー/ 配給:東海テレビ 2017年1月2日(月)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://life-is-fruity.com
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