モードは夫と同じ洗濯工場で働き、一人息子を愛情いっぱいに愛していたが婦人参政権運動にかかわるようになり夫の反対が強まり息子とも離れさせられる(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
モードは夫と同じ洗濯工場で働き、一人息子を愛情いっぱいに愛していたが婦人参政権運動にかかわるようになり夫の反対が強まり息子とも離れさせられる(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.

議会制民主主義のお手本とされる英国だが、女性の選挙権が実現したのは1912年(30歳以上の制限選挙)のこと。そのころの女性参政権、子どもの親権などを求める女性たちの運動をテーマに据えた作品。社会の意識や制度が大きく変わるとき、社会的ステータスを有した指導者階級の思想家や政治家などが影響力を発揮しヒーローとなることがよく見受けられる。本作でも、サフラジェットと呼ばれる戦闘的な女性参政権運動のリーダー的存在となった女性政治家エメリン・パンクハーストや世論を動かす切っ掛けをつくったエミリー・ワイディング・デイビソンら実在の人物が登場する。だが、本作の物語の中心は、キャリー・マリガンが演じる洗濯工場の女工モード・ワッツで、劣悪な労働環境に置かれ子どもの親権も認められない社会的底辺の女性たちを具現化する存在として、彼女がサフラジェットの活動に参加していく姿を描いている。

女の子なら洗濯工場の女工になるのが当然
政治が変わればほかの生き方もできるかも
時は、20世紀初頭のロンドン。洗濯工場で女工として働く24歳のモード・ワッツは、同僚で夫のサニーと息子ジョージの3人で暮らしている。工場での仕事を終え、顧客の家へ仕上がった洗濯物を届ける途中、モードは過激な行動と主張で婦人参政権を要求するWSPS(女性社会政治同盟)の女性たちが商店のガラスを割り騒動を起こしている現場に巻き込まれ、届け物を持ったまま帰宅した。モードは、3人の子どもを育てる工場の同僚のバイオレット・ミラー(アンヌ=マリー・ダフ)からWSPSの集会に誘われていた。また、よく世話になっている薬剤師のイーディス・エリン(ヘレナ・ボナム=カー)と夫のヒューが店の奥でWSPSメンバーの集まりをしていることも気づいていて少しは関心を持っていた。

そんなモードに大きく転向する出来事が起きた。バイオレットがウェストミンスターでの公聴会に証言者として召喚されていたが、当日になって夫から暴力を受け顔にひどいけがをしてやってきた。付き添い役で議場に来ていたモードが、同じ職場で働いていることから急きょ証言することになった。「7歳でパート、12歳から社員で、今の賃金は週13シリングです。男性は週19シリングで労働時間は(女性より)3時間短い。…洗濯女は短命です。体は痛み、セキがひどく、指は曲がり、ガスで頭痛持ちです」。厳しい労働環境に置かれている状況を証言するモード。委員長の「あなたにとって選挙とは?」の質問に「(選挙権は)ないと思っていたので意見もありません。」。「ではなぜここに?」「もしかしたら…他の生き方があるのではないかと思って…」と答えるモード。真摯に応答するモードの証言は、委員長はじめ議場の出席者にも、WSPSのメンバーたちからも高く評価されたが、委員会は女性の選挙権は認めないとの決定を下した。

議会の委員会で証言したときモードはまだWSPSメンバーではなかった。だが、警察当局はイーディスの薬局に出入りするモードの写真を撮りマークしていた。法律改正の願いがまた届かなかったことに抗議して、連帯を象徴する花を帽子につけた大勢の女性たちとともにモードもデモに参加した。静かなデモだったが突然騒動が起こり警官らが無抵抗の女性たちを殴打し逮捕されの発表に騒然とする現場でWSPSのメンバーたちとともにモードも警察官に捕縛される。取り調べとはいいがたい当局の厳しい対応。アイルランドでテロ対策を担当していたアーサー・スティード警部(ブレンダン・グリーソン)は、モードの心はまだ揺れ動いていると観てWSPSに潜入し情報をリークするようにと誘う。

実在の婦人参政権運動のカリスマ的リーダーのパンスハースト夫人を演じたメリル・ストリープ。短い演説シーンだがインパクトのある存在感はさすが (C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
実在の婦人参政権運動のカリスマ的リーダーのパンスハースト夫人を演じたメリル・ストリープ。短い演説シーンだがインパクトのある存在感はさすが (C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.

工場長ノーマン(ジェフ・ベル)の好色な触手が、働き始めたばかりの娘に襲い掛かろうとしていることにも気づかずにWSPSの活動に懸命なバイオレットは洗濯工場を解雇される。努力して薬学の学位を取得し当時に女性としてはエリート層に駆け上がっていたイーディスやはじめて聞いたWSPSのリーダー的存在エメリン・パンクハースト夫人(メリル・ストリープ)の演説の言葉がモードの心に響いていく。

彼女たちの闘いは理想を追うだけの
ロマンティックなものではなかった

本作の主人公モードや洗濯工場の女工、JSPSメンバーらの多くは労働者階級の女性たちを象徴的に描いたキャラクターだが、JSPSリーダーのエメリン・パンクハースト夫人と戦闘的活動メンバーでダービーレースの競馬場で国王に直訴行為を行なったエミリー・ワイデリング・デイビソン(ナタリー・プレス)の二人は実在した人物。議会に50年間求め続けて耳を傾けようとしない“政治”に、エメリン・パンクハーストの「言葉よりも行動を」の主張に鼓舞され、団結し、過激な行動を実行し新聞報道に訴えた女性たち。女性らしい身だしなみを忘れず、人を傷つけてはならないとの原則を守りながらも街の郵便ポストに放火や電話線を切断し、工事中の官僚の別荘を爆破する行為には、現代でも議論される行動だろう。一方で、性差による労働格差、妻としての家事労働、(母親の)親権が認められていないため子どもとの別離を避けるために忍耐。そうした奴隷的立場の女性たちに横暴で暴力的な行為で威嚇し強制する警察当局の取り扱い。胸が痛む一つひとつの描写は、真摯に20世紀初頭の女性史の真実を描いている。
歴史の資料には記されることのない社会の底辺に生き、政治への参加と母親の親権を求めた女工たちの声が、100年を過ぎたいま新たに語り継がれようとしている。一票の選挙権の重みは、選ぶ権利だけではなく選ばれた者たちの活動のチェックし誤りを是正要求する責任をも有している。働く者たちの想いと声は、まだ花束に彩られてはいない。【遠山清一】

監督:サラ・ガブロン 2015年/イギリス/英語/106分/原題:Suffragette 配給:ロングライド 2017年1月27日(土)よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開。
公式サイト http://mirai-hanataba.com
Facebook https://www.facebook.com/mirai.hanataba/

*AWARD*
第18回英国インディペンデント映画賞主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞ノミネート作品。