北海道根室市の太平洋側に面する友知湾に、戦争末期米軍の本土進攻に備えて造られたトーチカ(TOCHKA)が、戦争遺跡として今も十数基点在する。アリューシャン列島からの米軍侵攻はなく、その銃眼からは一度も銃火を吹くことはなかった。弾丸をも撥ね退ける厚いコンクリートに囲まれた小さな要塞の中は、銃眼から差し込むわずかな光りのみを許す暗闇の世界。だが、暗闇から覗くわずかな外界は、日常の景色と異なり強く目に焼きつく。夏の日中でも濃霧が立ち込めるというこの戦争遺跡がこの映画の舞台であり、モチーフでもある。

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©OCHKA UNION

トーチカの薄暗闇の中で銃眼から望む外界の風景とポジフィルムを照合して歩き回る女(藤田陽子)。やがて地平から姿を現しトーチカの内部を覗いて歩く男(菅田 俊)。ほとんど二人だけの対話。二人の存在感のある演技は、トーチカを取り巻く一つ一つのシーンを心象風景のように生かしていく。効果音かのような音楽も効いている。

二人の不意な出会いが、かすかの言葉の糸を結び合わせながら互いの心の暗闇を覗かせていく。どこまでも断片的な言葉での対話。一つのトーチカにたどり着いた不思議な絆と別れ。だが、トーチカから町へ向かう女は、突然に男がトーチカに来た理由に思い当たった。

父親の最期とトーチカの暗闇に魅入られて、ここまでたどり着いた男が確かに存在したこと。その男が生きていたことを、流星の軌道のように一瞬垣間見ることの出来た女との出会いは、暗闇から光りへと向かわざるを得ない人間存在の哀しさに、かすかな細い光りを投げかけてくれいるかのようだ。

この作品は、10月17日から開催される第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門に公式出品され、19日上映の予定。一般公開は10月24日より渋谷ユーロスペースにてレイトショー。  【遠山清一】

公式サイトはこちら→http://www.tochka-film.com