文学的香りを醸す邦題だが、原題はスペイン語で’Sin Nombre’(名無し)。正規の移民書類を持てない中南米の貧しい移民が、ホンジュラスからアメリカを目指すロードムービー。移民たちを襲うギャング団の少年たちの生態と幾多の危険を覚悟してでも人間らしい生活と自由を求めてアメリカを目指す名も無き移民たちの切実さを、原題は端的に言い切る。

列車の屋根の乗りアメリカを目指す移民たちと、追手から逃れるサイラとカスペル (C)2008 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
列車の屋根の乗りアメリカを目指す移民たちと、追手から逃れるサイラとカスペル (C)2008 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

物語はギャング団マラ・サルヴァトゥルチャの一員カスペルが、12歳の少年スマイリーを仲間に引き入れるところから始まる。スマイリーにとってカスペルはヒーローであり、掟は厳しいがファミリーに入れば食べていける。その’闇の集団’生活がリアルに描かれ、前半のシーンは凄まじくもある。

一方、父と叔父と共に列車の屋根に乗りアメリカへ旅する少女サイラ。移民たちが国境を超えメキシコに入ると間もなく、彼らの車両にカスペルとボスのリルマゴら3人が武器を手に強盗目的で襲ってきた。父親や移民たちの前でサイラを襲うリルマゴ。彼のために恋人を亡くしたカスペルは、思わずリルマゴを殺害し、サイラを守ってしまう。ギャング団から命を狙われることになったカスペルは、一転して移民列車で逃亡の旅へ。途中、そっと列車を抜け出すカスペルを、サイラは「あなたと一緒ならどんなことでも乗り越えられる」と言い、カスペルから離れまいとついて行く。貧困と暴力と掟のなかに喘いでいても、人間らしさと信頼の光を失うまいとするカスペルとサイラの逃避行の果ては。

日系4世のフクナガ監督初の長編作品。フィクションだが、監督は制作前に移民たちと列車で同行し、隣りの車両が襲われるのを目撃している。貧困からの脱出を目指す移民たちとギャングの気持ちや立ち居振る舞いがとてもリアルに描かれていく。その心理面での重さに対して、燦々と輝く太陽と青空と緑の木々や、リオのキリスト像を見上げて希望の祈りをささげる情景と鮮やかな色彩の美しい映像が印象的。ここにも’闇’と’光’の対比が感じられる。

互いに名前も知らない移民たちが、目的地にたどり着けるのは半数ほどという。思えば、アジアや南米日系の移民たちは、今も日本を目指す。彼らにとって、光の旅先にある日本。この作品の’闇の列車’は、日本人への問いかけとしても走っている。 【遠山清一】

キャリー・ジョージ・フクナガ監督作品、中南米映画、96分。宣伝・配給:日活。2010年6月19日(土)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

公式サイト http://yami-hikari.com