左からタノヴィッチ監督、片柳真理さん、根本かおるさん。
左からタノヴィッチ監督、片柳真理さん、根本かおるさん。

人権週間(12月4日―10日[人権デー])を前にして、12月1日(日)にシネマート六本木で同作の試写会および「映画『鉄くず拾いの物語』をとおして考える人権とは」のテーマでシンポジウムが行われた。会場には、ダニス・タノヴィッチ監督とともに元国連広報センター所長の根本かおるさんと元在ボスニア・ヘツツェゴビナ日本大使館専門調査員を務めた片柳真理さんらが登壇。映画に描かれているボスニア・ヘルツェゴビナでのロマ民族の状況や格差社会の弊害が広がりつつある日本とも関連する課題などについて語られた。

ボスニア・ヘルツェゴビナの貧しい村に住むロマのナジフ・ムジチは、妻セナダと2人の幼い女の子をもつ4人家族。失業中のため健康保険や電気料金などを支払えないでいる。妊娠5か月の妻が、家事の途中に具合が悪くなった。病院に連れていくと流産しているという。だが、失業中のため健康保険は失効していて、自己資金で入金しないと手術を受けられない。なんとか妻を助けたいと必死に動くナジフ。しかし、手術を拒まれてきた妻の心は傷ついていて、NGOの職員が訪ねてきても病院に掛け合いに行く気力も体力も失われていた…。

ナジフさん一家は実在する家族だ。ダニス・タノヴィッチ監督は、新聞記事によって、貧しいために治療費と手術費が支払えず生命の危機的状況を経験しなればならなかったナジフとセナダ夫妻のこと知り、起こった出来事を追ったドキュメンタリードラマ作品に仕上げた」。監督によると同国内に住む「ロマ民族の90%以上は失業者で、この作品のようにその日暮らしを送っている」という。歴史的にも差別を受けてきたロマ系住民のナジフ一家だけに起こる問題ではなく、貧しい状況にある同国のマイノリティにとって変えなければならない社会的な問題として訴えている。

実際に経験したナジフ夫妻が実名で出演したドキュメンタリードラマだ。(同作品より)
実際に経験したナジフ夫妻が実名で出演したドキュメンタリードラマだ。(同作品より)

コソボで差別されるロマ系住民の支援活動に従事していた根本さんは、「日本でも、派遣村やネットカフェ難民といわれる人たちの問題がある。この作品のようにマイノリティの立場からマジョリティによってつくられている社会の制度を見ると全く違った風景が見えてきます。この作品がマイノリティに目を向けるきっかけになってくれるといい」という。

片柳さんも、根本さんの発言を受けて、「この作品のメッセージは、日本の社会を考えるきっかけになると思います。そして、この作品によってボスニア・ヘルツェゴビナに関心をもってくださる方が一人でも起こされるとうれしい」と感想と期待を語っていた。

実際に経験したナジフ夫妻が実名で出演したドキュメンタリードラマだ。(同作品より)

「鉄くず拾いの物語」は、今年ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ・銀熊賞主演男優賞・エキュメニカル賞特別賞の3冠に輝き、第86回アカデミー賞外国語映画賞にボスニア・ヘルツェゴビナ代表作品として出品されている。
ちなみに撮影後ナジフさんは公園制清掃員として正規雇用されたという。「でも、彼が裕福な生活を送ることは、おそらく一生ないでしょう。妻のセナダは撮影後に男の子を授かりいまは5人家族です。ナジフが考えていることは、3人の子どもたちに何とかして子どもたちに教育を受けさせたいということです」というタノヴィッチ監督の報告に、ナジフ一家への尊敬と励ましの感性と笑顔が会場に広がった。日本では新年の正月第2弾シーズンに公開される。 【遠山清一】

脚本・監督:ダニス・タノヴィッチ 2012年/ボスニア・ヘルツェゴビナ=フランス=スロベニア/74分/原題:Epizoda u zivotu beraca zeljeza 英題:An Episode in the Life of an Iron Picker 配給:ビターズ・エンド 2014年1月11日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/
Facebook:https://www.facebook.com/pages/映画鉄くず拾いの物語/602605226468040

2013年第63回ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ・銀熊賞主演男優賞・エキュメニカル賞特別賞受賞作品。2014年第86回アカデミー賞外国語映画賞ボスニア・ヘルツェゴビナ代表作品。