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2011年の3・11東日本大震災でメルトダウンを起こし広範囲な地域が放射能汚染を被った福島第一原発事故。近隣地域の人々は緊急避難を強いられ、ほとんどの畜産農家が畜舎に家畜をつないだまま強制避難し、一時帰宅したときにはつながれたまま餓死している家畜の姿に目を覆った。野馬追に必要な馬やペットたちの救済は認められたが、原発から20キロ圏内の鶏や豚、牛などの経済動物は全頭殺処分するよう国は福島県に通達する。ただし、伝染病予防などの強制的殺処分とはことなり畜産農家が同意書に署名することが求められた。ほとんどの農家は、強制避難指示を受けているため泣く泣く署名して避難した。だが、放牧状態から生き延びた牛たちの命を守るため同意書に署名せず、避難先から通い餌代など自費と支援者からの援助で飼育し続けている数件の飼育農家が今も存在している。被ばくしている肉牛たちの肉を売ることはできない。経済的見返りゼロの牛たちを、なぜ飼育し続けるのか。誰もが抱く当然の疑問に、飼育農家と関係者たちを5年間取材していた松原 保監督ドキュメンタリーは、生きものたちの管理する使命をゆだねられた人間が、命への尊厳と畏敬を忘却しつつある現代人の在り方を静かに、真摯に問いかけている。

【あらすじ】
2011年7月、南相馬市の雲雀ヶ原祭場地で戦国武将の出で立ちで勇壮な甲冑競馬と神旗争奪戦を繰り広げる伝統行事「相馬野馬追」。30年前に初取材した松原監督は、大震災と原発事故直後ながら開催された相馬野馬追の祭場を取材し、元浪江町町議会議員で畜産農家の山本幸男さんや吉沢正巳さんら飼育している牛たちの殺処分に反対している飼育農家の人たちと出会った。

町議員時代の山本さんは、原発の安全神話を堅く信じる推進派だった。だが、原発事故によって第一原発から直線で約12kmにある山本牧場(帰還困難区域)は、当初いた70頭の牛が現在は40頭になった。それでも「牛を生かすことは故郷を守ることにつながる」との信念を持ち、二本松市の仮設住宅から片道2時間かけて、浪江町の牧場に通い続けてきた。

吉沢さんは、南相馬市と浪江町にまたがる30ヘクタールの吉沢牧場を兄から引き継いだ雇われ牧場長。そのため土地と牛たちの賠償金は吉沢さんには支払われない。「被ばく牛の殺処分は、被災者に対する棄民政策につながる」と、全国を股にかけてフクシマの惨状と殺処分反対を訴え、支援と応援の輪が寄せられている。事故後「希望の牧場」と改称し、300頭以上の被ばく牛を生かし続けている。

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柴開一さんと渡部典一さんは浪江町のなかでも最も放射線量が高い井出地区と小丸地区にある牧場主。渡部さんの小丸地区では、いまでも15μSv/hを超す線量が残っており、岩手大学や北里大学、東北大学の合同研究チームが、チェルノブイリでも行われなかった大動物による低線量被ばく牛を研究の中心となっている牧場だ。関さんの隣りの牧場主が、除染のため刈り取られた汚染物の一時保管場とする規約を結んだ。放牧している牛が休み場にしている場所の隣りの土地。柴さんは、牧場を廃業するかどうか苦渋する…。

【見どころ・エピソード】
牛1頭にかかる一年間の餌代はおよそ20万円。30頭の牛を生かそうとすれば600万円と避難先の仮設住宅から牧場まで通う費用が最低かかる。売り物にならない牛たちを5年以上生かし続けている飼育農家の牧場主たち。一頭ずつ名前を付けて家族のように育ててきた牛たち。経済的価値がなくなると人間の役に立たない存在として殺処分して土に埋めて済むものではない。低線量被ばくのDNA変化への観察研究に役立てることはできないなど、農家や大学の共同研究の人たちは必死に考え、努力する。だが資金の負担が大きくなっている。松原監督は静かに牧場主らの声を聴き、その生き方を真摯に見つめる。命あるものの命を存在意義のあるものとして尊厳保とうとする姿は、エデンの園の管理を任された人間の使命を思い起こさせられる。 【遠山清一】

監督:松原 保 2017年/日本/104分/ドキュメンタリー/英題:Nuclear Cattle/ナレーション:竹下景子 配給:太秦株式会社 2017年10月28日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://www.power-i.ne.jp/hibakuushi/
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*AWARD*
2017年:12月期ハリウッド国際インデペンデント ドキュメンタリー映画祭最優秀作品賞、最優秀初監督賞受賞。ドイツ・ウラン国際映画祭招待上映。山形国際ドキュメンタリー映画祭「ともにあるCinema with Us 2017」招待上映作品。