大矢英代監督プロフィール:
 1987年千葉県出身。ジャーナリスト、ドキュメンタリスト、早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。学生時代から八重山諸島の戦争被害を取材し、ドキュメンタリーを制作。2012年に琉球朝日放送入社。報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などの取材を担当する。2016年制作「この道の先に〜元日本兵と沖縄戦を知らない私たちを繋ぐもの〜」でPROGRESS賞優秀賞(16)を、同年制作「テロリストは僕だった〜沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち〜」でテレメンタリー年間優秀賞(17)、ものづくりネットワーク大賞優秀賞(17)、PROGRESS賞最優秀賞(17)などを受賞。2017年にフリー転身後は、「戦争・軍隊と人間」「米兵のPTSD」「沖縄と戦争」「国家と暴力」をテーマに取材活動を続ける。本作が初映画監督作品。
https://twitter.com/oya_hanayo

第二次世界大戦末期、アメリカ軍が上陸し地上戦が繰り広げられた沖縄。特務機関「陸軍中野学校」出身の42名のエリート将兵らが、派遣地・沖縄で実行した秘密戦の顛末を追ったドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」(三上智恵、大矢英代=おおや・はなよ=共同監督作品)が、7月28日より全国順次公開される。

“スパイ戦”といっても敵国軍への謀略というよりは、軍命によって陸軍中野学校出身の将校らによって17歳以下の少年兵部隊が組織・訓練された。また、離島に派遣された工作員は、兵站任務を受けて島民を風土病が猛威を振るう危険地域へ強制移住させるなどの“秘密戦”の事実を追い、その実態と浮き彫りにしている。

さらには今日の「自衛隊法」や「特定秘密保護法」「野外令」などの危険性にも注視している。本作は、「戦場ぬ止み=いくさばぬとどぅみ=」(2015年)、「標的の島 風=かじ=かたか」(2017年)など沖縄の文化と社会・基地問題をテーマにした作品を発表している三上智恵監督と、フリージャーナリストでドキュメンタリー映像作家の大矢英代監督による共同監督作品。本作が初映画監督作品になる大矢監督に話を聞いた。

↓ ↓ 映画「沖縄スパイ戦史」レビュー ↓ ↓
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大学院生時代に知った
八重山の戦争マラリア

国際ボランティア活動などに関心があった明治学院大学生のとき、同学院国際平和研究所主催の講座に映画監督の鎌仲ひとみさんの講義を聴いた。

「初めてドキュメンタリー映画監督という職業があることを知りました。鎌仲さんは、自分の目で見て、耳で聞いたことを伝えていくという仕事をする最初に出会った人で、すごく輝いて見えました」。

大学3年のとき、海外で人の役に立つ仕事をしたいという思いから一年間アメリカに留学し、ワシントンにあるフィリピンの紛争地(ミンダナオ)の子どもたちを支援するアメリカのNGOでインターシップもした。当時、イラク、アフガニスタンで対テロ戦争がまだ続いていた。

「大学の同級生の中にはイラク戦争に行った人とかもいました。みんな好きで戦争に行ったのではなくて、学費が払えなくなって戦争に行かざるを得ないなど、いわゆる経済的な理由で征った学生が実際にいました。そういうなかで、必然的にアメリカ軍というものを考えざるをえなかった。アメリカ兵になっていく若者たちと実際に出会うなかで、戦争をしたい、他人を殺したいという人たちが兵士になっているアメリカ軍ではないのだ。本当は社会が助けなければならないような若い人たちが、やむなく戦争に行っている。そして、そこで傷つけられているのは、やはり、社会的支援が必要な子どもであったり、一般の人たちなんですよね。その構造をすごく考えるようになったのが、アメリカ(留学)でした」。

大学を卒業すると早稲田大学大学院に進学。アメリカ軍基地と日本の自衛隊の軍事施設が135か所もある沖縄を研究テーマに絞っていた。

「最初の夏休みのインターシップは、石垣市の八重山毎日新聞に行くことができ、そこで初めて“戦争マラリア”のことに出会いました。当時、私の沖縄戦のイメージは、一般の人たちと同じように、地上戦で倒れていく地獄絵図のような戦争を想像していました。でも、八重山諸島では地上戦はありませんでした。それにもかかわらず、駐留していた日本軍の命令によって西表島や石垣島の山間部へ強制移住が行なわれ、風土病のマラリアが蔓延している地域に押しやられた沖縄の住民たちが3600人余り(当時の八重山の全人口の10%余り)亡くなっています。最初にその記事を読んだときは、意味が解りませんでした。自分の国の軍隊によってこれだけの人たちが亡くなったということに対して、自分の中で全然消化できなかったです」。

「同時に、それを知らなかった自分自身に対して、それは自分自身が知らなかっただけなのか、知ろうとしなかったのか、あるいは全く伝えられていなかったのか。本土に暮らす私と沖縄との間にある、なにか目に見えない境界線の様なものを感じてそこを越えたいと思い、石垣にいる間に戦争マラリアの体験者の方々に会いに行きました」。

「でも、当り前のことですが、(本土から来た人間に)身内が亡くなったことを皆さん話したがらないですよね。『沖縄本島に比べれば、自分たちはまだよかったんだ』というようなことを言うのですよ。でもそれは、文字通り『まだよかった』のではなくて、本当は悲惨な目に遭っているのですが、『まだよかった』と言うことで自分自身を癒しながら生きてこられたのでしょうね。そういう痛みを抱えながら生きてこられたことを知ったとき、私は大学院を休学して八重山に住もう、そしてドキュメンタリー映画を撮ろうと思いました。“戦争マラリア”の被害が最も大きかった波照間島の民家に住まわせてもらい、寝食を共にしながらドキュメンタリーを作りました。そういうところから、私と沖縄の出会いがありました。沖縄に居たいという思いが一番強かったです」。

三上智恵監督との出会い。アメリカ
での“戦争・軍隊と人間”の取材

アメリカ取材ではロバート・マーティさんから保持していた貴重な当時の写真を提供された。

大学院卒業後、琉球朝日放送に報道記者として入社。当時、同局のキャスターだった三上智恵監督と2012年のオスプレイ配備の現場取材などを共にしながら日々のニュースを伝え続けた。昨年、琉球朝日放送を退社してフリーランスになると、三上監督から本作の企画に声がかかった。大まかな取材担当としては、三上監督が沖縄本島での護郷隊、住民スパイ虐殺などを、大矢監督は八重山諸島の戦争マラリアや米国での元アメリカ兵へのインタビューや公文書館での資料入手などを担当した。本作では、陸軍中野学校出身将兵らの“秘密戦”に利用された沖縄の少年兵や住民らに限らず、戦った相手国のアメリカ兵ロバート・マーティさんやアメリカン大学教授で歴史学者のピ―ター・カズニックさんらの証言と沖縄の情況に対する提言も語られていて啓発される。

「ロバート・マーティさんは、高校を卒業した17歳のときに徴兵されたので、護郷隊の少年兵たちと1、2歳しか違いません。いろいろお話を伺っていて、身体の大きい大人のアメリカ兵ではなくて、言ってしまえば子ども同士で戦っていた。そういう意味で、マーティさんを取材するなかで、沖縄戦のイメージが私自身変わっていきました。さらに、すごいことにマーティさんは『北部の山の中で拾った』と言って、沖縄の少年兵たちの写真を持っていて見せてくださったんですよ!」。

「ピ―ター・カズニックさんとお会いしたのは、昨年(2017年)8月に琉球朝日放送制作のドキュメンタリー『テロリストは僕だった〜沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち〜』(2016)でも取材した元米兵たちの反戦平和団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP *1)」を改めて取材しようと思って渡米したとき、ワシントンDCでお会いしました。カズニックさんの自衛隊基地の話を本編の最後の方に入れることが決まった際にあらためて取材に行きました。カズニックさんは、沖縄にほんとうに心を寄せていて、沖縄はまた戦場にされてしまうのではと憂えています。いまの自衛隊についても大きな懸念をずっと持たれている方です。本当にいいお話をたくさんしてくださったのですが、本編ではあまり紹介できなくて残念です。でも、本作のパンフレットには、Q&A形式でインタビューを全文載せることになったので、うれしいです」。

*1:日本にもVFP(ベテランズ・フォー・ピース)との連携団体「VFPジャパン」が設立されています。
http://vfpjp.org/

八重山のミサイル基地の問題は、こちら(本土)ではあまり報道されていない。だが、本編でも取り上げられている今春3月に行われた石垣市長選挙では自衛隊基地誘致の候補者が当選し、今月7月18日には正式に受け入れを表明した。沖縄の人たちにとって、八重山諸島の基地化のことはどのように理解されているのだろうか。

監督:三上智恵、大矢英代=おおや・はなよ= 2018年/日本/114分/ドキュメンタリー/ 配給:東風 2018年7月21日(土)より沖縄・桜坂劇場にて先行公開。2018年7月28日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開中。
公式サイト http://spy-senshi.com
Facebook https://www.facebook.com/spy.senshi/

「私は1987年生まれなので復帰の時の沖縄を知らないのですが、取材者としてその世代を生きてきた人たちの話を聞くと、沖縄が本土に復帰したと同時に自衛隊が入ってきました。その当時は、沖縄が(戦略)防波堤の島として使われることを自分の体験として知っている人たちが、『また同じ目に遭うと』と言って激しい反対運動の声を挙げました。しかし、その世代はどんどん高齢化していなくなってきています。では、若い世代が同じような問題意識を持っているかというと、そうとは言えません。それは、戦争体験がきちんと受け継がれていないということなのだろうと思います。ただ単に悲しい戦争体験を語り継ぐということだけではなくて、教訓が受け継がれていないですよね。(日本の)軍隊がいたことで、どのように沖縄の人たちが扱われて、どんなふうに戦わされて、最後に全部丸めて捨てられたのか。そういうような構造を学んでこなかったということだと思うのです。それは、沖縄の人たちだけの問題ではなくて、むしろそのようなことを許している、沖縄から離れた場所で暮らしながら国を守るためには沖縄が盾になるべきだ、沖縄に自衛隊を配備すべきだと思っている国民が一番の問題だろうと思います」。

「一方で、私は報道の部署に5年間しかいませんでしたが、たとえば、同じ日に高江や辺野古のニュースがある。そして、自衛隊のニュースがあるとしたら、どちらが今日のニュースになるかといえば、やはり自衛隊のニュースよりも米軍のニュースになってしまいますね。米軍基地に対してNo!と言っている人でも、自衛隊基地に対してNo!と言えるかというと、必ずしもそうではなくて、それは報道も実は同様のことが…。
そして思うのですが、報道機関の日々限られている労力が、辺野古新基地や高江ヘリパッド問題に向かう中で、南西諸島の基地が着々と造られていました。ですから、蓋(ふた)を開けてみたら琉球列島が丸々日米の軍事基地なわけです。結局、全てのが自衛隊とアメリカ軍の共同使用になっていくことでしょう。そのようなことも、(報道の現場を)離れてみて思うわけです。そういう意味も含めて今回このような映画を作ったわけですが…」。

本作は、陸軍中野学校出身の将兵らによる秘密戦によって編成された護郷隊の少年兵と住民スパイ虐殺、そして強制移住によって引き起こされた戦争マラリアによる住民の犠牲などが、73年前の昔話では終わらずに今日の自衛隊増強とミサイル基地新設とも深くかかわっていることを史実と証言によって詳らかにしている。大矢監督は、本作をどのような人たちに観てもらい、本作のメッセージの関心を持ってもらいたい思っているのだろうか。

「私と同世代の人たちに観ていただきたいと願っています。私も含めて私の世代の人って、海外に友達がいるとか、海外のどこに住んでいたとかいう話題は周囲にたくさんあります。ですから、沖縄の人だからこの問題をやらなければいけないとか、本土の人なのにこの問題にかかわているとか、よく言われますが、そういう土着的な感覚はあまりないですよ。どういう土地で生まれ育った人であっても、心さえ柔らかく持ってさえいれば沖縄のことはつなげられると思っています」。

「私の世代は子どもを持ったり、親になっていく世代ですから、(戦争に駆り出された)少年兵のことや戦争マラリアの強制移住で残された子どもたち、女の子たち。その子たちと自分の子どもや姪っ子たちのことと繋げて考えられるのではないかと思います」。
銃火で交戦した“表の戦争”だけでなく、現地の住民を最大限に利用し、戦争の極限状況の中でも緻密に心理操作を実施し軍隊組織を守り抜く“裏の戦争”ともいえる“秘密戦”の実態を浮き彫りにした本作は、いまの自衛隊にどのように検証され現在に活用されようとしているのか。本編が解き明かす史実と証言からの実証と提言は、普通に戦争ができる国へと整えられつつあるいま、この国の若い世代にはぜひ見ておいてほしいドキュメンタリー作品だ。 【遠山清一】