©2015「トイレのピエタ」製作委員会
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『旧約聖書物語』『新約聖書物語』を作品に残している漫画家・手塚治虫。彼が病床で書き遺した日記の作品構想メモを原案にして、松永大司監督が脚本も書き起こした。「トイレのピエタ」というタイトルは手塚のメモどおり。「浄化と昇天。これがこの死にかけた人間の世界への挑戦だったのだ!」という一文の生き様を、映画初出演で主役の野田洋次郎(ロックバンドRADWIMPSのヴォーカル)がリアルな存在感で演じきっている。

画家への夢が破れ、ビルの窓拭きのバイトをしながら、ただ何となくその日その日を過ごしている園田宏(野田洋次郎)。ある日、貸しスペースで個展の準備をしている美大時代の恋人さつき(市川紗椰)と再会した。誘われてさつきの個展には行ったものの、絵を観ても何の関心もわいてこない。
ある日、仕事中に宏が倒れた。病院で精密検査に廻され、担当医には誰か家族と同席でないと結果を話せないと告げらえる。郷里の両親を呼ぶのは煩わしく、さつきに頼み込んで病院に来てもらったが、待合室で絵について口論となり早々に帰られてしまった。困惑していると、「制服が破れた!弁償してください!」と女子高生の真衣(杉咲 花)が大声でサラリーマン男性に因縁をつけている。宏は、弁償代を立替えるから妹役をしてほしいと説得する。
医者の診断は、胃がん。余命3か月の宣告に呆然とする宏。真衣は、「今から一緒に死んじゃおうか?」と、本気ともとれる雰囲気で宏に言葉をぶつける。だが、死ぬ気も起きない宏。入院したものの見舞いに上京した両親には、本当の病名は言えない。
入院した病院の患者たちとも適当に付き合うが、小児がんの拓人が大切にしていた塗り絵を捨ててしまう。お詫びにと拓人に自作の塗り絵をプレゼントすることを思いつき、真衣に資料になる本を買って来てほしいと頼み込む宏。いつも何かに怒りをぶつけるている真衣と、死への漠然とした怖れに包まれていく宏。だが、歳の差はあっても本音で向き合える奇妙な二人の関わりが強まっていく。

©2015「トイレのピエタ」製作委員会
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音楽と絵画のジャンルは異なっても、アーティストとして宏の人生観、挫折感にシンクロナイズして出演を決断したという野田洋次郎。生きていることの息苦しさを魂ごとぶつける様な杉咲 花。二人の熱演は、受け止めきれない生への戸惑いと向き合わざるを得ない死への怖れとの葛藤から生まれる最期の情熱へと魅入らせてくれる。
青春の純愛というストーリーからなのだろうか。手塚治虫が『きりひと讃歌』の小山内桐人の名前には、十字架刑に引き出されるイエス・キリストのように偏見や侮蔑、嘲笑されながら世界を彷徨う姿も重ねられていた。そのようなことを思い起こしながら本作を観た筆者には、手塚治虫が十字架から降ろされたイエスと母マリアが抱く“ピエタ”像をテーマとしてこだわったのか、本作からは伝わってこなかった。たった数行の手塚治虫の“原案”なだけに、読み解き方や描き方は作者の表現に委ねらて然るべきことではある。若くして死と向き合い、一度は折った絵筆を手にしてトイレに描き切った宏のピエタ。そのカタルシスは、しっかりと描かれている。 【遠山清一

監督:松永大司 2015年/日本/120分/映倫:G/ 配給:松竹メディア事業部 2015年6月6日(木)より新宿ピカデリーほか全国公開。
公式サイト:http://www.shochiku.co.jp/toilet/
Facebook:https://www.facebook.com/toilenopieta/

2015年第16回全州(チョンジュ)国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門正式出品。