キリスト教徒アルメニア人たちは強制労働の果てに”処刑”場へと連行されていく (C)Gordon Muhle/ bombero international
キリスト教徒アルメニア人たちは強制労働の果てに”処刑”場へと連行されていく (C)Gordon Muhle/ bombero international

第1次世界大戦(1914~18年)、ドイツ帝国側に与したオスマン・トルコ帝国によるアルメニア人大虐殺(ジェノサイド)をテーマに、トルコ系移民(ドイツ)のファティ・アキン監督が、散らされた家族を捜してトルコからキューバを経由してアメリカのノースダコタの荒野へと旅した物語。オスマン・トルコによるアルメニア人へのジェノサイドについては、現在もトルコとアルメニア両国の政府間で見解が異なり政治問題として継続している。だが、そのような政治と歴史的背景を掘り下げることよりも、ある家族の絆を絶つまいとする物語をとおして人間の愛と良心の探求について描いている。

◇家族--幸せだった日々
1915年、オスマン・トルコ南東部のシリア国境に近いマルディン。アルメニア人の鍛冶職人ナザレット(タハール・ラヒム)は、妻ラケル(ヒンディ・ザーラ)、双子の姉妹ルシネとアルシネの4人家族で幸せに暮らしていた。気にかかることがあれば、時々アルメニア教会で懺悔し、祈る善良な男。だが、戦争の進展とともに、近隣の町で大勢のアルメニア人の男たちが姿を消したという情報が伝わってくる。そして、ある夜、トルコの官憲がナザレットや男たちを強制徴兵すると宣告して連れ去った。

◇喪失--虐殺を生き延びて
強制連行された男たちは、灼熱の砂漠で強制労働させられる日々を送っていた。ナザレットたちが働かされている傍を、時折りアルメニア人の老人や子どもたちの行列が何処かへと追い立てられていく。ある朝、ナザレットたちは数珠つなぎにされて人目に付かない谷へと連行される。そして、「のどを切れ!」の命令を合図に次々にナイフと剣で描き切られていく。隣にいるナザレットの兄も悲鳴を上げて倒れた。だが、ナザレットを処刑したメフメト(バートゥ・クチュクチャリアン)が躊躇したため、ナザレットは気絶したままでとどめは刺されなかった。息を吹き返したナザレットは、声を失っていた。だが、必死に砂漠を歩き続け、町の者たちが連れていかれた強制収容所を目指す。だが、そこではすでに妻ラケルが死に、娘たちの姿もなかった。ただ一人姉が生き残っていたが、あまりの過酷な日々に「自分を殺してほしい」とナザレットに懇願する。

娘たちを捜し求めてレバノン、キューバ、フロリダ、ノースダコタへと旅を続けるナザレット (C)Gordon Muhle/ bombero international
娘たちを捜し求めてレバノン、キューバ、フロリダ、ノースダコタへと旅を続けるナザレット (C)Gordon Muhle/ bombero international

◇希望--娘を捜す旅が始まる
愛する家族は死んでしまったと思うナザレット。生きる希望も失ってしまったが、死にきれずさまよっているところをアレッポの町で石鹸工場を営んでいるオマル(マクラム・J・フーリー)に拾われ、工場に匿われて働いていた。戦争は終わり、時折り町ではチャップリンの映画などが広場で上映される。その広場で、弟子だった男と出会い、娘たちは無事だったことを知らされる。15歳になった娘たちをすぐに探す旅に発つナザレット。微かな手がかりを辿り、レバノンの孤児院から結婚するために渡っというキューバへ、そしてアメリカのフロリダから北アメリカのノースダコタへと向かっていく…。

娘たちを捜し続けて地球を半周する2時間18分のロードムービー。アルメニア教会の信仰がアイデンティティともいえるアルメニア人とムスリムとの確執と偏見が、悲惨な迫害につながっていく。’94年のルワンダでの’95年ボスニア内戦時のセルビア人武装勢力による“民族浄化”など、“なぜ”の理由が見いだせない大量殺りくが、現代でもさまざまな地域で起こっている。「何のために苦しめられるのか」、ジェノサイドは非力な市民と多くの家族にもっとも深刻な苦痛をもたらす。その姿に胸を締め付けられる思いだが、この世で家族の絆を与えられた愛するものを捜し求めるナザレットに愛と希望を失わないことの強さを深く想わされる。 【遠山清一

監督:ファティ・アキン 2014年/ドイツ=フランス=イタリア=ロシア=ポーランド=カナダ=トルコ=ヨルダン/138分/映倫:PG12/原題:The Cut/ 配給:ビターズ・エンド 2015年12月26日(土)より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。
公式サイト http://bitters.co.jp/kietakoe/
Facebook https://www.facebook.com/pages/映画消えた声がその名を呼ぶ/1476848329279980?fref=ts

*AWARD*
第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門ヤング審査員特別賞受賞。