連れ去れたわが子を懸命に探すティエン (C)2014 We Pictures Ltd.
連れ去れたわが子を懸命に探すティエン (C)2014 We Pictures Ltd.

79年より“一人っ子”政策を実施してきた中国だが、今年1月1日以降に生まれた子どもは、2人目であっても全員が“合法”となり戸籍を取得できる法改正を施行した。しかし、2人目までという制限があるため、夫婦が子ども持ちたい、育てたいと願う愛情と戸籍を得られない子どもの人権侵害という本来的な問題は解決されていない。子どもを連れ去れた夫婦と事情を知らぬまま育ててきた母親との相克をテーマにして、そのような中国社会の歪んだ断層を浮き彫りにしているヒューマンドラマ。たんに社会派映画という括りではなく、親とは何か、親を慕う子どもの愛情とはなど普遍的なテーマを掘り下げているダイナミックな作品。

中国広東省シンセン市(深セン=ツチへん+川=市)の下町でネットカフェを営むティエン・ウェンジュン(ホアン・ボー)は、3歳になる一人息子ポンポンとつましいが楽しく暮らしている。離婚した元妻ジュアン(ハオ・レイ)はすでに再婚し、キャリアウーマンとしても順調に生活している。週に一度ジュアンと過ごすことになっているポンポンが、ジュアンの車で帰って来た。そのまま外に遊びに行くポンポン。だが、ジュアンが帰ったあと、日が暮れても帰ってこないポンポン。警察へ行き捜索を依頼したが、「行方不明でも、24時間過ぎないと事件として取り扱えない」というだけで取り合ってくれない。その後、市街の防犯カメラにポンポンを抱いて連れ去っていく男の姿が映っていた。

その日から、ティエンとジュアンの息子探しが始まった。インタネットにポンポンの特徴を掲載し携帯番号も公表して情報提供を呼びかけたが、報奨金目当ての怪しげな情報や恐喝まがいの者まで現われ、さらに悲嘆へと突き落とされる。ハン(チャン・イー)がリーダーを務める「行方不明時を捜す会」に参加してティエンとジュアン。ジュアンは、「車のバックミラーにポンポンが見えていたのに止まらずにそのまま走ったから…」と自分を責め後悔する。時には親たちが協力し合い、村落へバスツアーして情報を求めながら捜し歩く。

ポンポンが連れ去られて3年が経った。ティエンは、捜索で仕事が手につかず借りていたインタネット店の大家に追い出され、屋台で生計を立てている。ある日、ティエンのスマホに、ポンポンらしい子どもが安徽省の農村にいるらしいとの情報が入った。ジュアンやハンたちとその村を訪ねて、ポンポンと確信したティエンとジュアン。その子を連れて車へ向かおうとすると、泣き叫ぶ男の子の声を聞いた母親リー・ホンチン(ヴィッキー・チャオ)が、「ジーガン!」(ポンポンにつけた名前)と大声をあげて追いかけてくる。村人たちにも追いかけられ警察に通報された。
ホンチンは、一年前に病死した夫がポンポンを連れ去った犯人だったことを警察での取り調べで教えられる。それでもホンチンは、「自分は子どもを産めない身体なので、夫がシンセンで産ませた男の子を3年前から育てて来た」。ホンチンの家から警察が連れてきた女の子ジーファンも「夫がシンセンの工事現場で拾ってきた子だ」と信じて育ててきたと主張し、「子どもたちを返して」と懇願するばかり。結局、ホンチンは二人の子どもたちから引き離され、ホンチン自身も6か月収監されることになった。

ジーガンという名前を付けて育てたきたホンチンには、やはり取り戻して一緒に暮らしたい”わが子”なのだ (C)2014 We Pictures Ltd.
ジーガンという名前を付けて育てたきたホンチンには、やはり取り戻して一緒に暮らしたい”わが子”なのだ (C)2014 We Pictures Ltd.

半年後、服役を終えたリーは二人の子どもを取り戻そうとシンセンにやって来た。DNA鑑定で親子が証明されたジーガン(ポンポン)はどうしようもないが、せめて妹として育てて来たジーファンは、養護施設から取り戻そうとするホンチン。強引に弁護士カオ・シア(トン・ダーウェイ)に頼み込み、夫といっしょに仕事をしていた男を見つけ出し、ジーファンが捨て子だったことを証言してもらおうと懸命に奔走するのだが。そして、ホンチンに思わぬ事実が告げられる。それは、彼女の素朴な熱意からの実なのか、あるいは贖罪のしるしと希望への道を開くものなのか…。

ピーター・チャン監督は、2009年から3年間連れ去れていた子が、実の親の元に帰れた実話をもとにこのこの物語を書き起こした。連れ去られていた時期、人間関係や状況などの描写から迫力あるリアリティが伝わってくる。中国中央人民放送は、2013年に毎年20万人の子どもが誘拐されているとの推定を発表している。本作のように子どもを産めない夫婦に売られたり、組織的な犯罪集団が暗躍しているようだ。警察は24時間過ぎないと動かないため、かなり長距離まで移動できる。本作には、一人っ子政策による矛盾と無慈悲とも思える人権問題がさまざまな描写で浮き彫りにし、また暗示している。「捜す会」リーダーのハンが、様々な限界を覚え合法的に第2子の出産を届けようとすると、行方不明の子の死亡証明書を提出しろという。原則的に2番目の子は“黒孫子(へいはいつ)”と呼ばれ戸籍が与えられないため教育や医療などの社会的な保護と権利を得られない。そうした切実な社会問題が、中国の人々にリアルに伝わる本作は一人っ子政策の緩和にも大きな影響を与えたと評価されている。
だが、一人っ子政策が二人っ子政策に改善されたところで、本作が描いている、両親が子どもを授かり育てることの喜びと、親をしたい教育を受け希望を持っていく子どもの人生を見守る社会の健全さにはまだ遠い道のりがありそうだ。 【遠山清一】

監督:ピーター・チャン 2014年/中国=香港/中国語/130分/映倫:G/原題:親愛的、英題:Dearest 配給:ハピネット、ビターズ・エンド 2016年1月16日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://bitters.co.jp/saiainoko/
Facebook https://www.facebook.com/saiainoko

*AWARD*
2014年第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式作品。第39回トロント国際映画祭部門正式作品。第34回香港電影金像奨最優秀主演女優賞(ヴィッキー・チャオ)受賞。第21回香港電影映画評論学会大賞優秀映画賞・最優秀主演女優賞・最優秀脚本賞(チャン・ジー)受賞作品。2015年第16回東京フィルメックス観客賞受賞作品。