映画「ラ・チャナ」--“激情のバイラオーラ”の気高くも謙遜な半生をつづるドキュメンタリー
タップダンスよりも速く激しく両足で床を踏み鳴らすサパティアードでリズムを刻み、観る者の魂を揺さぶるようなスピードで力強く激しい踊りで1960、70年代のフラメンコ界に“激情のバイラオーラ(女性の踊り手)”と評された“ラ・チャナ”ことアントニア・サンティアゴ・アマド―ル。男性の踊り手を凌ぐ見事なサパティアードで、若くしてバイラオーラとしての花を咲かせたラ・チャナ。彼女自身が語る結婚、出産、バイラオーラとしての成功と絶頂期での引退、そしてヒターノ(スペイン語でジプシー)文化での女性の地位や家庭内暴力など波乱と困難の半生を追ったドキュメンタリー。魂を込めてフラメンコを踊っているときはどのような苦難や悲しみからも解放されたと語るラ・チャナ。悪感情から解放され、フラメンコは私にすべてをくれたという人生賛歌は気高くも謙遜な生き方を証ししている。
人気・実力とも絶頂期
での唐突な引退は…
物静かな現在の夫フェリックスや娘ヌリアと孫のモイセス、義理の息子サルバたちと穏やかに暮らすラ・チャナ。クロアチア出身のルツィア・ストイェヴィッチ監督の問いかけに優しく応答していく。
1946年12月24日、スペイン・バルセロナの極貧地域でヒターノの両親から生まれたラ・チャナ。フラメンコが好きでラジオと大人たちの踊りを手本に独学で踊っていた彼女の才能を認めた、フラメンコ・ギタリストの叔父エル・チャノの後押しで14歳の時から叔父の経営する店で踊り始めた。
17歳の時、熱心に言い寄っていたフラメンコ・ギタリストのミゲルと最初の結婚をしたラ・チャナ。だが、ほどなくミゲルは彼女に暴力を振るうようになった。19歳でバルセロナの人気タブラオ(フラメンコの舞台があるパブやレストラン)のロス・タラントスで踊り始めたラ・チャナの独創的で抜群テクニックと豊かな即興性が人気を呼んだ。サルバトーレ・ダリは彼女が踊る夜は必ず来店するようになり、俳優のピーター・セラーズは自分の主演映画「無責任恋愛作戦」(1967年製作、原題:The Bobo)への出演を依頼し実現させた。ピーター・セラーズは彼女をハリウッド進出へ誘う。だがマネージメントを握っていたミゲルはそれを許さなかった。
当時のヒターノ社会では、女性は何事も夫の言うがまま従うしかなかった。家庭内でミゲルの暴力でろっ骨を骨折していても誰にも相談できず、自分の意見を聞かれることも言うこともできなかった。ラ・チャナは自分の心の傷、苦しみや深い孤独感のすべてをフラメンコに表現した。その気迫に溢れた激しい踊りはよりいっそう観客を魅了していく。そして絶頂期を迎えた33歳の時、夫ミゲルは「仕事(踊り)をやめなければ、娘から引き離す」と迫りラ・チャナを引退させた。さらに7年後、ミゲルはラ・チャナと娘を置き去りにしてすべてを持ち去っていった。文字通り無一文になったラ・チャナは、娘との生活のためにも、再びフラメンコを踊る決心をする…。
立ち姿で踊れなくなった現在も
変わらず超絶なサパティアード
後半部分には、チャナを慕うフラメンコのアーティストたちとの交流、共演が語られ描かれていく。現代フラメンコを代表する男性ダンサー(バイラオーレ)で振付師のアントニオ・カナーレスが、チャナの家を訪ねて来て気さくに語り合う。“フラメンコの女王”と誉めそやすアントニオに、「やめてよ。恥ずかしいから」と真顔でたしなめるチャナ。撮影時は関節炎を患い、立ち姿では踊れなくなったチャナが、いま絶頂期にあるバイラオーラのカメリ・アマヤにサパティアードを椅子に座って何度も実演しながら教える。真剣に観察するカメリが「理解できない」と嘆息すると「私のコンパス(リズム)だもの」と語るチャナ。理解して踊るのではなく、(自分の)リズムに魂と身体のすべてを乗せて踊る。カメリへの愛情が、何度でも繰り返すことを厭わないシーンに溢れている。
現在も招かれればステージに上がるというチャナ。自宅での練習や楽屋からステージへ行く前に気さくな言葉で主イエスに祈るラ・チャナの姿からは、どのような困難も波乱も受け入れて半歩でも一歩でも前へ踏み出してきた、なんとも根強くて謙遜な人柄が醸し出されている。 【遠山清一】
監督:ルツィヤ・ストイェビッチ
製作年 2016年/スペイン=アイスランド=アメリカ/83分/ドキュメンタリー/映倫:G/原題:La Chana 配給:アップリンク 2018年7月21日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、UP LINK渋谷ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.uplink.co.jp/lachana/
Facebook https://www.facebook.com/lachana.jp/
*AWARD*
2016年:アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭観客賞受賞。 2017年:ブダペスト国際ドキュメンタリー映画祭観客賞受賞。ガウディ賞最優秀ドキュメンタリー賞受賞。フェロス賞最優秀ドキュメンタリー賞受賞。ドック・オブ・ザ・ベイ映画祭観客賞&SADE賞受賞。レ・ボーチ・デル・インチエスタ観客賞受賞。ヨーロッパ映画賞ドキュメンタリー部門ノミネート。カナディアン・ドキュメンタリー国際映画祭観客賞ノミネート。