映画「顔たち、ところどころ」--出会いこそ感動の原点。自分の顔が街のアートになり誇らしげな人々
自宅の外壁いっぱいに自分の顔が貼り付けられ、満足そうな老婦人。バゲットに噛じり付いている一人ひとりの大きなポートレートを連ねて街路壁に貼るストリート・アート。年老いた人の深いしわ、若い女性のはじけるような笑顔など、カメラの前に立つ人々の表情には、アートの制作に参加している喜びと誇らしさがあふれている。“ヌーヴェルヴァーグの祖母”といわれるアニエス・ヴァルダ監督と現代のフォトグラフィティ・アーティストのJRが、フランスの田舎町に住む市井の人々の顔をとることを目標にしたロードムービー。ほとんど計画なしに出会いを感動の原点にして撮影協力を頼む二人。撮影されたポートレートは大きく引き伸ばされ建造物の壁に貼り付けられることを受け入れて撮影に応じる人たち。アートを愛するフランス人の感性に惹かれるドキュメンタリー。
【あらすじ】
いまは亡き夫ジャック・ドゥミとともにヌーヴェルヴァーグの”セーヌ左岸派”を代表する映画作家で写真家でもあるアニエス・ヴァルダ(作中では87歳)と、“photograffeur フォトグラファー”(フォトグラファー+グラフィティ・アーティスト)を自称するアーティストJR(作中では33歳)の二人は、ある人の紹介で出会い、意気投合して一緒に映画を撮ることにした。
都会派アーティストのJRにフランスの片田舎を観るべきだと勧めるアニエス。旅の条件は「計画しないこと」。人と出会う感動を原点にポートレートを撮らせてもらい、巨大なストリートアートを製作することだけが目標。早速、JRのスタジオ付きトラックに乗って片田舎を訪ねる二人の旅が始まる。
アルプ=ド=オート=プロヴァンス県レスカル。集まってきた村人たちが、トラック内のスタジオスペースでカメラに向かってバゲットを噛る。大きく引き伸ばしたポートレートをバゲットの位置を水平に連ねて街路壁に並べて貼り付けられた顔、顔、顔…。照れたり、微笑んだり、ドヤ顔したりと自分が暮らす街中で一人ひとりが主役になって誇らしく見える。古い炭鉱町ビュイシエールでは古びた炭鉱住宅に「唯一の生き残りよ」と笑う女性を炭鉱住宅の壁全面に貼り付けた。昔の炭鉱作業員たちの写真を貼り付けた壁面の前に立つ元炭鉱作業員たち。アルケマの化学工場を“一つの村”に見立てて、職員と労働者たちの交代時間に合わせて集合写真を撮り、工場の壁に向かい合わせに貼り付ける。給水タンクの壁面には市場で撮影した魚たちを貼ってお化粧。アニエスがインタビューする港湾労務者の妻たちは初めて夫の職場に訪れる。妻たちを歓迎しアートを完成させる夫たちの思い遣りも粋でほほえましい。あちらこちらを訪ね歩く二人のストリートアートは、出会った人たちとの対話と人柄から生まれる笑顔とインスピレーションに満ち溢れている…。
【見どころ・エピソード】
54歳の年齢差、小柄なアニエスと長身のJRの出で立ち、会話そのものがアート。JRの問いかけが自然にアニエスの内面に深く触れていく。アニエスがかつて撮影した少年は、もう亡くなっている。アニエスにとってかけがえのない思い出の人たちのお墓にも立ち寄り、そこでもアートな手向け思いを表出する二人。JRが尊敬するジャン=リュック・ゴダールはアニエスの友人である話題が本編で語られている。アニエスがゴダールをJRに引き合わせようとするシークエンスが本編のラストに置かれているが、その出会いを三人三様の受け止め方で描かれているのもアートフルで印象深かった。 【遠山清一】
脚本・監督・出演:アニエス・ヴァルダ、JR 2017年/フランス/89分/ドキュメンタリー/映倫:G/原題:Visages Villages 配給:アップリンク 2018年9月15日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、UPLINK渋谷ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.uplink.co.jp/kaotachi/
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*AWARD*
2018年:第90回アカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネート。 2017年:第70回カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール(最優秀ドキュメンマタリー賞)受賞。第42回トロント国際映画祭観客賞ドキュメンタリー部門受賞。第43回セザール賞最優秀ドキュメンタリ賞ノミネートほか多数。