Cafe SOReKaRa(カフェ・ソレカラ)での展示は4月21日まで  https://sorekara-cafe.hatenadiary.jp/

 東京・豊島区雑司ヶ谷のカフェで開催された画家・林美蘭(リン・ミラン)さんの個展「女性という美について−プロローグ−」(4月17日号既報)。さりげない女性の仕草、佇(たたず)まい、横顔、裸婦…などが鮮やかな色彩で描かれており、明るい店内の雰囲気にも調和していた。しかしいくつかの絵に近づいて見ると、女性たちの顔がつぶれていたり、影がかかっていることが分かる。この独特の描き方の背後には林さんのどのような問題意識があるのだろうか。その歩みとともに聞く。【高橋良知

男性目線の女性像を問う
幼い頃から“価値観のズレ”意識

 「聖書を現代的にどうとらえるか、日常から聖書を発見して描くことをいつも考えている。女性である私は、必然的に聖書の女性を注目するようになった」と話す。

「女性として女性を描くとき、どうしても壁を感じた。西洋絵画の伝統の中では、男性の目線で描かれた女性の魅力がある。女性である自分がどう女性の魅力を引き出して描けるか。美と女性をどう描くかが課題になった。たとえば長血をわずらった女。これは女性特有の月経と関わる。なぜ社会的に疎外されたのか。女性の血と汚れと結びつけられる面があった。一方で聖母マリアのように美の象徴とされる面もある。そのような西洋の女性像を問い直したかったのです」

 昨今の女性差別問題、ジェンダーの揺れなど現代的な問題も動機の一つだ。展示作の中には、ショー業界などで女装のパフォーマンスをする「ドラァグクイーン」が強調する女性性について描いた作品もあった。

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 父親は画家で、幼い頃から絵画を教わり、画家になることが期待されていた。「でも本当は国際政治を学びたかった」と言う。学校でいじめられることはなかったが、在日コリアン3世ということで価値観のズレを感じ、多様性のあるニューヨークに憧れていた。

 父からプレッシャーがかかる中、美大には2浪した。「そのときがアイデンティティークライシスでしたね」

 結局美大に入らず、アルバイトをしながら絵を描き続け、2004年には国展に入選し、画業の道が開かれた。

共同作業の力を知り、社会とアートの可能性を模索する

 人物画を描く一方、社会問題への関心もあった。アートと社会問題をどうかみ合わせるのか迷っていたとき、キリスト教国際支援団体の刊行物で、インドのアートプロジェクトを知った。「同プロジェクトでは、『女児殺しの慣習』や『貧富の差』なども扱っていたが、私が参加した年は『希望』がテーマでした」

 このプロジェクトで学んだ一つ目は、「いるんだけれどもいないようにされている存在(アンタッチャブルな存在)」に目を注ぐこと。林さんはインドで路上で倒れていた人たちを題材にし、その足に触れるイエス・キリストの象徴も描いた。帰国後もホームレスに注目して作品制作をした。

 もう一つはコミュニティーだ。「今まで作家は個人の表現だと思っていたが、インドでは一つのテーマについて、皆で寝泊まりしながら話し合い、考えをシェアした。ここで共同作業の力を知った。最終日には、皆で共有した希望の光を見た気がしました」

 このような共同作業を日本でもしたいと思っていた矢先、東日本大震災が起きた。その後、複数のクリスチャンのアーティストらとの協力でフクシマアートプロジェクト(13〜14年、16〜17年)の活動をした。

 「福島の崩壊はコミュニティーの崩壊でもあった。では自分が住むところはどうだろうか」と地元千葉県八千代市での活動も展開。地域情報誌の表紙絵画を担当したほか、千葉県名物のピーナッツをモチーフにしたキャラクター「♯ぴーちゃん」を生み出し、展示やツイッターで地域の面白いものを可視化する活動をした。

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 教会に通い始めたのは中学生のころ。すぐに信仰決心をしたが、洗礼は20歳になってから。「高校生のころから聖書の価値観を絵にしたいという思いがあった。信仰は自分にとって大きなアイデンティー」と言う。ときには礼拝中に作品のビジョンが見えることもあるという。インドでの経験を通して「いちばん小さいもの、隠されたものを引き上げていくのが、自分の主からの召しだと思わされた」と語った。

 美術と信仰の関係をどのようにとらえているか。「私としては、まず一人の人間として絵とどう向き合うか、ということが重要。自分の作品を通じて神が見出されたらと願っている。だからこそ美しいものを描きたい。美しいものは人を動かす。すごくいい絵は、音楽が聴こえてくる。それは自然の美しさを見たときと同じような満足感。作品だけで人が救われるとは思わない。しかし、そこに至れるほど研ぎ澄ませていきたいと思います」

 「ある時代は、地球の周りを太陽が動くと考えられていた。あるときは白人至上主義だった。そのときどきに規定されていることの中で真理を見出さざるを得ない。だから、『そこが限界じゃないんだよ』ということを絵画で見出していきたい」とも話した。

 「基本的な私の考え方として、『ある』ということは、本質以上のものという考え方がある」と言う。「結局は私の経験、アイデンティティー、価値観から見えたものでしか物を作っていないんだなと思う。しかし自分に無い価値観、アイデンティティーの人にも届き得るか、普遍性を持てるかを今後も追求していきたいと思います」