2000年6月25日号《ヘッドライン》

2000年6月25日号《ヘッドライン》
 = 1面 =
◎朝鮮半島に和解を——南北首脳会談前に有志が祈り会
★神社参拝拒否の証人が来日
★ドゥロス号が日本海側に初寄港——300人の国際交流ボランティアに新潟市民が関心
★沖縄で民族宗教研究
★<いやしの時代>[9]韓国民主化運動の先駆け 朴 炯圭さん(下)
★<落穂抄>南北和解を祈る使命
 = 2 面 =
★日本福音連盟:「新聖歌」現代語の方針を転換
★第11回日本伝道協議会:信仰告白の空文化を危惧——信仰基準の意義を再確認
★東神大でキリスト教学校伝道協議会——伝道の「場」と「担い手」探る
★<ひと>吉枝 隆邦さん(Hi—b・a新代表役員に就任)
★フリーメソジスト2団体合流への手続きならず
★近畿福音ルーテル教会新議長に平井 清氏
◎<論説>キリスト者市民と総選挙 記・蔦田 公義
★<あかし文学・ろばの子の歌>[8]真子の復活の朝…眠りから覚めて 作・今村真子・和彦
 = 3 面 ザ・教会=
★故郷の家 エルシオン・チャペル——在日1世に注がれる神の愛
 = 4 面 読書特集企画 =
★<新刊紹介>「神秘を彩るイコン」リーナ・デルペーロ著(玉川大学出版部)
★<新刊紹介>「『基本的真理に関する宣言』解説」伊藤顯榮著(福音出版社)
★<新刊紹介>「神父ド・ロの冒険」森 禮子著(教文館)
★<新刊紹介>「冷たく燃える火」村田 美奈子著(いのちのことば社)
★<新刊紹介>「イエスが読んだ聖書」フィリップ・ヤンシー著(いのちのことば社)
★<新刊紹介>「母に贈るよろこびの詩」ドーリング・キンダースリーブック著(新教出版社)
★<新刊紹介>「愛されている者の生活」ヘンリー・ナーウェン著(あめんどう)
★<新刊紹介>絵本「見えないお友だちのひみつ」(イーブック出版)
★<新刊紹介>説教集「愛の考察」米田 勇著(米田勇記念出版委員会)
 = 5 面 =
★私が弱くても主が戦う——神社参拝拒否で投獄経験した趙壽玉さん
★メルボルン事件:豪法相が特赦嘆願を却下——日本川弁護団にホームページ
★キリスト生誕2000姫路:新教・カトリック合同の信徒大会
★秋田県内の福音派諸教会がコンサートで降誕2000年アピール
★<北から南から>横浜:CMに映った礼拝堂——地域住民と共通の話題に
★Mac用聖書ソフト発売——新改訳にはふりがな付き
★米国:長老教会の外壁にイエス像出現
 = 6面 =
★<聖書66巻>哀歌 神の愛は罪の妥協でなく解決 記:ベアンテ・ボーマン=0006250601= ★<書評>「イエスはヘブライ語を話したか」ダヴィッド・ビヴィン、ロイ・ビザード共著=0006250602= ★<新刊書紹介>「犬は死ぬという大切な仕事」三浦 光世著=0006250603= ★<新刊書紹介>「イザヤ書を読む」高内 亨著=0006250604= ★<情報クリップ>催し情報ほか
 = 7面 建築特集=    = 8 面 関西だより=    = 9 面 =    = 10 面 = ★<情報クリップ>催し情報ほか          

朝鮮半島に和解を−−南北首脳会談前に有志が祈り会

6月13日から15日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の平壌で韓国の金大中大統領と北朝鮮の金正日総書記の南北首脳会談が開かれ、「統一問題の自主的解決」「離散家族訪問団の交換」などで合意する共同宣言に署名した。
キリスト教界は世界教会協議会(WCC)や日韓のキリスト教協議会(NCC)、在日大韓基督教会などが80年代から南北の対話を築いてきた経緯がある。
55年に及ぶ朝鮮半島分断以来初めての南北両首脳会談が実現し、平和統一への悲願が大きく前進したが、この歴史的会談に先立ち、10日、東京・世田谷区の日本福音キリスト教会連合(JECA)朝顔教会で「朝鮮半島の和解を祈る夕べ」が開かれた。
発起人は朝顔教会の後藤敏夫牧師。
同氏の提案に福田崇氏(日本ウィクリフ聖書翻訳協会総主事)、柳永基氏(JECA・つつじヶ丘キリスト教会宣教師)、細川勝利氏(JECA・浜田山キリスト教会牧師)らが共鳴、おもに同連合中関東地区の各教会に呼びかけた。
参加者は約50人。
信徒や神学生、教職者、在日韓国・朝鮮人クリスチャンも参加し証言した。
夫人が北朝鮮出身の韓国人・柳宣教師は、1千万人もの親族が手紙も電話もできず、離ればなれに暮らしている現状を説明。
冷戦構造の中での朝鮮半島分断について「その一番の犠牲者は朝鮮民族だ」とし、「まず人格的な出会いがなされ、誤解から理解へ、和解の道へと移行できるよう祈ってほしい」と要請した。 「統一の夜明け前」に興奮 在日韓国人で聖泉基督・荒川聖泉キリスト教会員の呉崙柄氏は、在日韓国・朝鮮人は本国よりもっと強い祖国統一の願いを持っている、と語った。
「会って握手するだけでもいい」とも。
しかし、94年に金日成主席の死で首脳会談が実現しなかったことから、「今回も不調に終わるのでは」という不安感もあった。
「両首脳が和解し平和をつくる2人であってほしい」と願った。
福田氏はウィクリフの各宣教師に「南北首脳会談のために断食して祈るよう要請している」と語った。
細川氏は韓国キリスト教会史の著書がある延世大学神学部教授、閔庚培氏の「朝鮮動乱は教会をも分断した」との言葉を引用。
「国の分断が教会の分裂要因にもなった」とし、「この夕べの祈りは、分断した神の民が一つになるための祈りでもある」と勧めた。
講演の後、南北両首脳の会談のため、朝鮮半島統一のために祈りをささげた。
両首脳の対面に呉氏は、「握手を見て胸がいっぱいだ。
予想以上に内容の濃い会談になった。
継続的に両首脳が行き来し、和解のムードを盛り上げてほしい。
この機会に在日も朝鮮総連と民団の指導者レベルで交流を実現してほしい」。
柳氏も「興奮してます。
長い間の悲願だった南北統一の夜明け前です」と感動の気持ちを表した。

<論説>キリスト者市民と総選挙 記・蔦田 公義

6月25日、衆議院選挙の日である。
20世紀を締めくくるこの度の選挙は即、21世紀の日本の進路を左右するものであり、重たい意味をもつ。
たまたま翌6月26日は、昭和のキリスト教弾圧を記念する日である。
祖国が過ちを繰り返すことがないために、教会、またクリスチャン市民の責任は重い。
一般の観点が地上的であり、平面的であるのに対して、神を知るキリスト者は、天的、立体的な観点を与えられたものであるゆえにである。 平面的な観点と立体的な観点 平面的というとき、時代的には前述のように次世紀への方向付けを決めるものとなりうる選挙であること、国際的には、アジア各国をはじめ世界全体というコンテクストの中で日本の在り方を問われるものであることは、当然認識されなければならない。
政治的には心しなければならない二つの点を含む選挙といえそうだ。
第一は今回の選挙に至った経緯、第二はその意味するところである。
小渕前首相の5月4日の突然の逝去、森首相の就任、そして次々と続いた発言を経て解散という一連の経緯。
「平面的」な世界でのこれらに関する諸見解は、与野党を中心に既に多くが述べられているので、あえてここで復唱することは省く。
肝要なことは、クリスチャン市民としてもつべき洞察と分別、また、それらをもっての責任ある対応である。
選挙に当たってわきまえておくべき判断基準は何かということなども、再確認する必要があろう。 神の民の地上の国に対する在り方 改めて気づくことは、旧約聖書にも新約聖書にも、神の民が地上の国の市民としてもつべき、国に対する在り方を示す記述が多くあるということである。
聖書の教えるところを基盤として幾つかの点を挙げてみたい。
第一は、信仰者にふさわしい視点に立つことである。
地上的な、平面的、相対的な視点からではなく、歴史を支配され、国々の興亡も、王たち、支配者たちの廃立もその御手の中に治めておられる天の神のご支配の下にあって、地上の政治のすべてが動いているという事実を信仰によって現実的にとらえることである。
正しい審判者であられる神のご支配、旧約聖書の時代だけではなく、この今も不変なのだといううなずきをもちつつ、政治、社会、経済などの世界を読み続けることである。
預言者の観点とも言えよう。
第二に、地上に営みをもつ信仰者は、しかるべき責任をもち、それを忠実に果たすべきことである。
ペテロは言う。
「人の立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい」(?ペテロ2:13以下)。
クリスチャンは御国の市民であるので、この世的な政治、選挙には無関係、無関心というのは、聖書的ではない。
不誠実な無責任さからの「ノンポリ」は考え直さなければならない。
「人の立てた制度」であっても、クリスチャンに与えられている選挙権の責任ある行使である一票は、祈り深く、神の公平と正義、祝福と繁栄がもたらされるために、という心をもって投じられるべきものである。
この時代、ことに福音の門戸がこの国に開かれ続けること、国の内外への福音宣教の門が閉ざされないように祈ることが肝要であると感じるのは、筆者だけではないと思う。
第三に、この時こそ、教会と個々の信仰者は公私ともに祈るべきであること。
礼拝の公祷で、祈祷会で、福音的な観点に立って「祖国とその民」のために祷告がなされてよいのではないだろうか。
最後に立候補するキリスト者へ。
演説、講演、意見表明などの機会に、これまで以上に聖書的観点を知恵をもって紹介することが、すぐには結実を見なくとも「地の塩」的な底力となると思う。
他者が故事古文を引用するとき、聖書のみことばを引用するのも一案かもしれない。
(記・蔦田 公義)