シリーズ・対談 田島幸児さん(田島建設代表取締役社長)vs.中野雄一郎(伝道者) 人を喜ばせることが自分の賜物--顧客の心をつかめば仕事はもらえる

東京足立区に地盤を置き、地域密着型の事業展開を行う株式会社田島建設。本来の建設業に加え、現在では不動産の仲介管理も手がける。法人化してから現在に至るまで29年間黒字続き。バブルがはじけて業績を伸ばし、リーマンショックで仕事が倍増したという。スタッフ15人は全員クリスチャン。家業を継ぐ形でこの世界に入った社長の田島幸児氏は、個人経営の工務店をいかにしてここまで成長させたのか。中野牧師がその秘密に迫る。 【髙橋昌彦】

事務所設立 父より牧師の助言を優先

中野 田島さんがこのお仕事を始められたきっかけは。
田島 うちはもともと祖父が家具屋をやっていたんです。父が内装というか、営繕の請負仕事みたいなことをやっていて、小学生のころから父の仕事を手伝ったりしてました。モノを作るのは好きだったんです。釘1本打つのも面白くて、将来は大工になりたいと思ってました。勉強は嫌いでしたから。
中学のころは悪いことばっかりやってましてね。授業はさぼるし、授業に出ても将棋やってたり、とにかく勉強はしませんでしたから。でも要領はいいんですね。それで都立の工芸高校に入ったんです。室内工芸科というところだったんですが、そこは楽しかったので、学校には行ってました。高3の時には国立大学の推薦の話もあったんですが、いずれ家の仕事をするつもりでいましたし、家計のことを考えると、とりあえずは就職しようと思って、神戸船舶を受けました。
そこの設計部に内定していたんですが、卒業直前の2月に父親が交通事故を起こしましてね。交通刑務所に入れられちゃったんですよ。それで私も就職は諦めて、祖父と一緒に内装の仕事をするようになりました。事故の被害者の方への補償ですとか、保険が下りないような事故でしたから、経済的に大変だったので、私の給料も最初は月に2万円しかもらってませんでした。

中野 仕事はそれなりにあったんですか。
田島 祖父がいた時はそうですね。1年ほどして父が交通刑務所から出所してきたので、祖父は引退したんですが、父は仕事しないんですよ。つき合いのある客以外からは仕事を取って来ませんし、仕事があってもなくても、5時になれば家で晩酌始めるか行きつけの飲み屋に出かけてましたね。私の方は、仕事もしだいに減ってきて不安だったんですが、時間はあったので何気なく聖書を読んでました。
中野 信仰はもう持っていたんですか。
田島 子どもの時から母親に連れられて教会に行ってましたから。先代の谷口和幸牧師(故人)からは徹底的に聖書をたたき込まれました。私も小さい時から神様がいると教えていただきました。人間がサルから進化するわけがない。でも中学高校時代は悪いことばかりしてましたでしょ。だから友達に自分が教会に行っているなんて、とても言えませんでね。ひた隠しにしてました。日曜日に礼拝に行くたびに神様に謝ってました。高校を卒業して仕事を始めてからも同じようなものでしたね。

中野 それでも教会からは離れなかった。
田島 それはありませんでしたね。仕事がなくて困った時も谷口牧師に相談しました。そうしたら「名刺を作って営業に回れ」って言って祈ってくれたんです。それまで作業服しか着たことなかったのに、スーツに着替えて中華料理店を回りました。でも仕事なんてそう簡単に取れませんよね。それでも営業に回り始めて、1軒目で断られた店から電話がかかってきて仕事がもらえたんです。そこは、ほかの業者にもう頼んでいるから、と断られたところだったんですよ。
びっくりしましたね。私なんかもともと口下手ですから、何言ったか覚えてないんです。「一生懸命やりますから」みたいなことですかね。それで仕事が与えられたんですから、神様は確かに生きてらっしゃると思いました。

中野 牧師先生のアドバイスに素直に従ったのが良かったんですね。
田島 私は23歳で結婚したんですが、その時には事務所を出すように谷口牧師に言われたんです。それで古い木造のアパートを見つけてきまして、そこの1階に「田島工芸」の看板を出したんです。でも父親からは反対されましてね。「今までそんなことやってないんだから必要ない。やるならお前が1人で全部やれ」と言って、帳簿を投げつけてきました。その上、月に40万円の給料を要求されて、最初のころは自分の貯金を取り崩したり、それでも足りない分は姉に借金もしましたけど、今にして思えば、谷口牧師からは、その都度その都度、的確なアドバイスをいただきました。
家内に簿記の講習を勧めたり、私に建築士の資格を取るように勧めてくれたのもそうです。当時は職業訓練校でも建築士の講習があったんです。もちろん試験は受けるのですが、私は24歳の時に1回めの試験で2級建築士に合格しました。さすがに1級は仕事が忙しかったのもあって諦めかけてたんですが、谷口牧師から講習だけは受けるようにと言われて頑張ってましたら、その5年後にはやっぱり1回で合格できました。
事務所を構えて2年後には仕事も祝されて法人化させていただき、「有限会社田島工芸」を設立しました。それからどんどん仕事が与えられましてね。ある時は、改装で請け負った仕事が、建物の建て替えになった時もありました。そのお客さんは拝み屋さんに相談する人で、改装ではなく2階建てにするように言われたそうです。私は疑り深い人間なんですが、そうやって神様の恵みを一つひとつ見せられて、信仰が強められてきた感じはします。会社の規模が大きくなるたびに社名を変更して、93年に今の「株式会社田島建設」になりました。法人化して29年経ちますが、今まで赤字知らずです。

中野 そんなに的確なアドバイスを下さるなんて、ずいぶんビジネスに明るい牧師先生だったんですね。
田島 いやあ、谷口先生の身内は弁護士、裁判官でしたので、聖書には徹底してました。なにしろ、日曜日には買い物もするな、というような人でしたから。でもそうやって教え込まれた聖書の言葉は、今まで事業をやってきて、本当にそのとおりだなと思うんですよ。聖書の言葉に従っていれば、ビジネスは百パーセントOKじゃないですか。
中野 どんなみ言葉が思い浮かびますか。
田島 10分の1献金もそうですし、「わずかなものに忠実な者は」とか、「何事でも自分にしてもらいたいことは」とか、みんなそうですよね。特にうちではお客様の要望は基本的にすべて受け止めます。小さな指示もそうですし、何気なく言った一言を覚えていてそれに反応するということも、とても大事ですね。お客様が興味を持っているものにはこちらも興味を示す。先日も、女性のお客様から、自分はラルフローレンのブランドが好きなんだ、と聞かされたものですから豊洲まで見に行ったんですよ。後でその話をしたらとても喜ばれましてね。でもこれは、別にご機嫌取りでやってるわけではなくて、そのお客様が何を望んでいるのかを知ろうと努力することなんです。
ある有名なラーメン屋さんの改装工事を手掛けたことがあるんですが、その時は実際お店に食べに行って厨房の中の人の動きなんかも観察しました。お客様は自分が望んでいるものをすべて言葉にして並べてくるとは限らないんです。お客様の本当の要望、要求、お客様の心がつかめれば、仕事はいただけます。逆に仕事がいただけなかった時は、どうしてだめだったのか考えます。金額で折り合わなかったのなら仕方ないです。不当な値引きはしません。こちらは企業努力は当然した上で適正な価格を提示していますから。仕事には自信と誇りを持っています。

中野 顧客の要求に細かく応えていく姿勢が信頼にもつながっているんでしょうね。
田島 確かに信頼関係は一番大事です。信頼されたら裏切るわけにいきませんし、なんとしてもその信頼に応えようとしますからね。でもあんまり信頼されると、建築以外の相談もされるようになるんですよ、離婚とか、資産運用とか。頼られたら少しでも役に立ちたいという気になるものですから、いつの間にかいろいろな資格も取るようになってしまったんですね。離婚の相談の時には弁護士のところまで一緒に行きました。その方からはいまだに何かあると電話がかかってきます。やっぱり私は人に喜ばれること、人を喜ばせることが好きなんですよ。何か一工夫して喜ばせたいと考えちゃうんですよね。もちろんすべての要求に応えられるわけではないですけれども。
中野 地鎮祭なんかもあるんじゃないですか。
田島 ええ、もちろん。でも参列はしますが、榊、お神酒、鍬入れはやりません。お客様の気持ちを考えると申し訳ないんですが、そこはご説明しています。逆にうちでは、キリスト教式でやりませんか、と勧めているんですよ。牧師に来てもらって、聖書の講和と祝福の祈り、聖書贈呈と記念撮影。そんな内容なんですが、今は10人中6、7人は応じてくださいます。気持ちがすっきりしたとか、神主さんの祝詞と違って何を言っているのか意味がわかるとか、なかなか好評です。
上棟式にも必ず出ます。業者さんとのコミュニケーションは大事ですから。最近は車で来ている人もいるので、お酒を飲まない人も増えたんですよ。こちらから積極的に相手の輪の中に入っていくというのは、大事なことだと思います。教会もそうですよね。弟が牧師になってから「教会も地域の人に来てほしいと思ったら、地域に出ていかなければいけないし、近隣の教会とも協力しなければいけない」と言っています。教会も会社と同じだと思います。

中野 将来的にはどんなビジョンをお持ちですか。
田島 本社を大きくして人を増やしたいですね。今でも仕事の量が多くて手が回らないでいますから。でも一気に大きくすることはしません。人材が与えられて、育てていく必要がありますから。今年は社員に、何事もこつこつ地道にやっていこう、と言ってるんです。私自身は要領がいいだけで、こつこつやるというのが一番苦手なんですが、うちの社員見てても、こつこつ真面目にやる人間にはかなわないんですよ。
中野 「こつこつ」は「勝つコツ」って言いますからね。でも要領がいいというのは、私に言わせれば、ひらめきがあるということだな。
田島 今の社員は全員クリスチャンで、ほとんど親族でやっている会社ですが、それぞれ賜物が違いますね。でも、みんな本当に教会に尽しているんですよ。やっぱりそれが会社の祝福につながっていると思います。同族経営の難しさも確かにありますが、みんな信仰を持っているので、自分が完全じゃないことも分かってますし、最後には赦し合えるし、愛し合えるんですよ。このイエス様の愛をお客様や業者の方に伝えたいですね。
中野 事業の最終目標は、やはり福音宣教ということなんですね。

 

田島幸児(田島建設代表取締役社長)
1959年、女2人、男4人、6人兄弟の長男として東京に生まれる。社員には資格取得を奨励し、自分の名刺にも、一級建築士、宅地建物取引主任、耐震診断士、住宅ローンアドバイザー、フィナンシャルプランナー3級の資格名が並ぶ。神の家族主イエス・キリスト教会会員。教会学校の子どもたちにオリジナルのゲームを作って遊ばせるのが大好き。

中野雄一郎
伝道者。マウント・オリーブ・ミニストリーズ代表。ハワイ在住。前JTJ宣教神学校国際学長。著書に『聖書力』『必笑ジョーク202』『天声妻語』『必ず儲かる聖書のビジネス』など。