2月に来日した国際的なクリスチャン・ジャーナリスト、フィリップ・ヤンシー氏。妻で社会的弱者の救援に尽力してきたジャネットさんも同行し、約2週間の旅程を終えた。前半は東北方面で取材、講演活動をした(3月11日号で既報)。後半は九州、大阪を訪ねた。
今回の来日の大きなきっかけは、一昨年マーティン・スコセッシ監督により映画化された遠藤周作の小説『沈黙』がある。来日記念出版『ソウル・サバイバー−私を導いた13人の信仰者』では、信仰の葛藤に共感した人物として遠藤を挙げた。ヤンシー氏は2月21〜23日『沈黙』の舞台となった長崎県で、爆心地、各天主堂、キリシタンゆかりの場所、遠藤周作文学館などを訪ねた。
長崎訪問を振り返って、ヤンシー氏は、『沈黙』の処刑場面のモデルになった場所、二十六聖人記念館などを訪ね、「もし、自分があの時代、ここにいたらどうだったろうか」と問われたと言う。「キリシタンたちの忍耐、勇気を知りました」。また明治期に教育や社会福祉事業に尽力したド・ロ神父の祈りと犠牲に感銘を受けたことも語った。
長崎原爆資料館では「2度と繰り返さない」という力強いメッセージに印象を受けた。「当時のクリスチャンに関しても、どのようなことがあったか知った。ぜひ皆さんも同じメッセージを感じてほしい」。ジャネットさんは「原爆を投下した米国の人間として、恐れもあった。しかし案内してくれた人は『私たちは責めない。もうこういうことにならないように一緒に協力しましょう』と言ってくれた」。また「長崎の五島は自然が美しかった。笑顔を与えられた」と話した。
写真=熊本地震で被災したジェーンズ邸跡(熊本市)。ジェーンズは日本プロテスタントの土台を築いた「熊本バンド」を導いた。邸宅の再建の動きがある

写真=熊本、九州の牧師たちと
24日熊本市を訪問した。熊本宣教ネットワーク主催の講演会(会場は中央区の熊本ナザレン教会)に登壇。講演後に教職者たちと交流した。
熊本地震から2年を前に各教会では「会堂が被害を受け解体した」「新しい会堂の土地を探している」「新会堂を献堂した」などの状況にあった。教職者の中には震災直前に、家族を失ったという人が思いを打ち明けて講演に応答。ヤンシー氏は「悲しみを通して他の人が語れないことを語れますね」と寄り添う言葉をかけた。ジャネットさんも「私の親族に家族を亡くした人がいる。できないことばかり考えていたけれど、あとでそのことを通してギフトと思えるようになったという。神様が続けて慰めを与えてくれるように」と言い添えた。
ある牧師は、教会での苦悩を打ち明け、「自分の力で何とか乗り越えようとしていた。震災を通じたつながりの中で、助けを素直に求めることで視野が広がった。助けを求めることは神様に対しても大切」と話した。
別の牧師は「地震の後、住民の人の中には、家の中はぐちゃぐちゃだったのに、『うちは大丈夫です。もっと大変な人がいます』と言う人たちがいた。何度かお話しして状況を知ることになった。『お手伝いしましょうか』と『助けてください』がつながるとすごくよい雰囲気になる」と述べた。
ジャネットさんは箴言11章25節を引用して、「ほかの人をリフレッシュさせると、皆さん自分もリフレッシュされるということがありますね」と話した。
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25日は福岡市の日本イエス・油山シャローム教会で礼拝説教を担当。午後に西南学院大学西南コミュニティーセンターで九州宣教ネットワーク主催の講演会に登壇した。
講演会後の質疑応答では「愛していた家族を亡くした。悲しみを乗り越えたが、愛がなくなっているのではないかと思うことがある」という問いかけに、「愛と痛みはいっしょに来る。悲しみがあることは健全だ。予期しない時に急に悲しみがよみがえることもある」と話した。
ある人は震災と教会に関して、教会員の痛みと地域の痛みについて経験を語った。ヤンシー氏は 「震災を通してある教会は成長した。地域にドアを開き、必要を分け与えた。相手を説得して福音を伝えたのではない。有効なのは、手から心、頭に伝わること。あわれみの心が人から人へ伝わる。東日本大震災の支援をした、ある支援団体は、『回心させるためにここにきたのではない。神の愛を表すため来た』と語った。すぐに実を結ぶのではない。冬の時代でも忠実でありたい」と語った。またキリシタンの歴史を振り返り、「隠れキリシタンの迫害の歴史は、長い間良いものを見出せなかった。しかし、神は忍耐深く、神の時間は私たちのタイムスケジュールとは違う。今は政府が動いてキリシタンの史跡を世界遺産にしようとする動きがある」と語った。
ある人から「日本人は感情を外に出さない。問題ないというような人へどうアプローチするか」という質問があった。
「それぞれタイミングはある。人生の意味を探す時がある。必ずしも罪の悔い改めだけを強調して伝えなくてもいい。私が信仰から回復したのは、自然の美しさを知り、これを創造した方をもっと知りたいと思ったからだ。教会が喜びをもったコミュニティーとなり、生き方を示していくことも大事だ。私にとっては、ほかの国を知ったことも大きい。中国、フィリピン、ブラジル、アフリカなどで、『春の時期』のクリスチャンに出会った。彼らを知らなければもっとクリスチャンに失望していたと思います」 【高橋良知】


