福岡市の八仙閣本店で3月9日に開かれた日本宣教フォーラム(九州キリスト災害支援センター=九キ災、横田法路理事長=)では、国内外で活動する支援や宣教のリーダーたちが一堂に集い講演。前回(4月8日号)に続き、横田氏(日本イエス・油山シャロームチャペル牧師)が「第3部日本におけるホーリスティック(包括的)な宣教の課題と可能性」の後半の発表をレポートする。
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大嶋重徳氏(キリスト者学生会[KGK]総主事)は、「若者の育成の視点から─生き方を通しての伝道にこだわって」というテーマで話された。震災時に「どうしてKGKが災害支援に行くのか?KGKがやるのは学内伝道だろう!」というような声をかけられたという。しかしながら、学内での聖書研究と同じように、被災地で聖書の言葉に生きること、学生たちの人生の全領域で、神の栄光を表す生き方をすることが大切なのである。このような福音理解からすれば、被災地(痛みのある場所)に行くのは、自然なことなのである。
実際若者たちは、被災地のただ中で、言葉を失い、無力さに涙しながら、苦闘している牧師の姿を通して、全領域におられる神を見いだしている。阪神淡路の震災ボランティアから献身者も生み出されていた。次の震災に備えて、次世代の育成の必要性を訴えられた。
池田恵賜氏(JECA・本郷台キリスト教会牧師)は、「教会形成の視点から」発題された。本郷台キリスト教会は、「地域に根ざす教会」「世界に宣教師を送り出す教会」という2つのビジョンを掲げ、地域に出て行ってその必要を知り、応える中で、教会が形成されていったという(マタイ9・35)。具体的には、保育園、サッカークラブ、地域作業所、チャーチスクール、訪問介護、デイサービス、災害復興支援センター、社会福祉法人などが設立されていった。教会には、「one for church(ひとりは教会のため)、church for one(教会はひとりのため)」というモットーがあり、神様と教会のために、神様から使命を与えられた人をみんなで祈り、支えていく中で、新しいミニストリーが生まれていったという。
永井信義氏(拡大宣教学院学院長)は、「教会開拓、教会増殖の視点から」発題された。初代教会の使徒たちや弟子たちは、大宣教命令に従って、遣わされたところで「大胆に」福音を宣べ伝えた。その宣教の結果、各地に教会が建て上げられていった。したがって、「教会開拓、教会増殖はすべての教会にとって、必須科目であり、基礎研究である」と主張された。
永井氏はまた、ルカの福音書10章に、包括的な宣教のモデルを見い出しておられた。祈ること、関係づくりをすること、ニーズに応えること、福音を伝えることのすべてが宣教の働きであり、それらは時系列的に実践するというよりも、同時進行的に取り組むことが求められる。被災地での祈りと関係づくりを土台とした救援、援助の働き(ニーズに応える)と「神の国」の福音を宣べ伝えることをバラバラにとらえるのではなく、まるごと受け止め、取り組むことが重要である。日本には未伝地、未教会設置地区が多く存在する。被災地のみならず、全国津々浦々に福音宣教の働きを展開することが、日本の教会の急務であると訴えられた。
高澤健氏(アジアンアクセス戦略企画担当副総裁)は、「アジアにおける支援と宣教の視点から」発題された。「災害支援を通して、普遍的な(ユニバーサル)な教会の現れとしての、グローバルな世界の教会(エクレシア)が、被災地の地域(ローカル)教会(エクレシア)として宣教を行っている。宣教の担い手とは、まさに、このようなグローカル(glocal)なキリストの体としての教会なのである」
宣教のあり方としては、帝国主義植民地政策の影響からの脱却を主張し、「20世紀までの宣教は、経済力やテクノロジーなどの『力』を背景にした『強者』としての宣教であった。わたしたちもその影響を、多かれ少なかれ、受けている。しかしながら、災害支援でつながった私たちアジアの教会は、プロジェクトから関係へ、与えるから共有するへ、教えるから学び合うへ、主の代弁者から主の証し人へ、という特徴をもつ、21世紀の宣教のあり方へと導かれている」と語った。(次号につづく)





