(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014
乳幼児の子どもたちを持つアヤンは粉ミルクを販売し続けることが耐えなられなくなる… (C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

レストランなどに入れば安全できれいな水がタダでサービスされる日本。だが、安全な水道のインフラストラクチャーが整備されていない発展途上国や紛争地域では地下水やたまり水など不衛生な水で調理や粉ミルクを溶いて乳幼児が栄養失調や病気にかかり大勢死亡している地域もある。強引な粉ミルクの販売戦略によって乳幼児の死亡が問題になり、購買ボイコット運動からWHO(世界保健機構)とユニセフによる「母乳代用品の販売流通に関する国際規準」(WHOコード)の規制が設けられた実際の事件をもとにしたドラマ。実際の企業名と企業倫理を告発した実在のセールスマンの氏名などは仮名だが、事件と告発に至った経緯は丹念に調べ、現在も貧困地域の状況はほとんど変わっていないことを衝くジャーナリスティックな作品だ。

【あらすじ】
物語は、2006年ロンドンの映画関係者、顧問弁護士らと、パキスタンで巨大グローバル企業ラスタ社のセールスマンとして働いていたアヤン(イムラン・ハシュミ)が、スカイプでラスタ社の粉ミルクを強引な販売戦略によって拡販し乳幼児に多数の犠牲者が出ている全容を語り合うところから始まる。

1994年、国産の医薬品会社のセールスマンだったアヤンは、信頼度の高い外国企業の医薬品に押されて業績が上がらず生活は苦しい。妻ザイナブ(ギータンジャリ)はラスタ社のセールスマン募集を見てアヤンに勧めるが、大学中退のアヤンは大卒が条件であるため気が進まない。それでも人事権を持つビラル(アディル・フセイン)に病院を訪問販売していたことを猛烈にアピールしなんとか入社を果たした。

退職するアヤンに上司ビラルは法的手段だけでなくさまざまな警告をする (C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014
退職するアヤンに上司ビラル(左)は法的手段だけでなくさまざまな警告をする (C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

3年後、病院や薬局など医療関係者へのプレゼントや便宜をはかるため潤沢な営業費を資金を任されたアヤンは粉ミルク営業のトップセールスマンになっていた。懇意にしていた医師ファイズ(サティーヤディーブ・ミシュラ)がカラチから戻ったので挨拶に行くと、ファイズはアヤンを小児科病棟へ案内する。そこにはやせ細った体の未熟児らが治療のための管を着けられひ弱な鳴き声で苦しそうにしている。ファイズはアヤンに「君たちが売っている粉ミルクが原因で、毎日、乳児らが死んでいる」と非難する。

ファイズが問題にしているのは、粉ミルクの品質ではない。ラスタ社の強引な粉ミルク営業によって医師ら医療関係者らがしっかり母乳の出る母親にまで粉ミルク哺乳を勧めていることを非難している。貧しい地域では高価な粉ミルクを規定分量よりも少なくし、不衛生な汚れた水で薄めて飲ませているため乳児が菌に侵され栄養失調や衰弱していく。母乳の栄養は乳児に抗体をつくるが粉ミルクではつくられない。企業からのサービスに屈せずに医師らが母乳哺育を推奨すれば問題の解決が早まるというファイズ。ラスタ社はその事実を知っていた。ビランは、「乳児たちが死亡するのは水道などインフラ整備しない政府の責任だ」とアヤンに答え、販売戦略は変えない。アヤンはラスタ社を退職し、自分の2人の子どもも他人の子どもたちも同じ大切な命として守るためWHOに告発する…。

【みどころ・エピソード】
パキスタンで1997年に起きた本作の問題は、WHOコード規制をめぐりグローバル企業との間で未だに収束されていない。パキスタンにはいまもインフラが整備していな貧困地域があり、アヤンの時代とほとんど変わらない状況も見られることにタノヴィッチ監督は義憤を抱き本作の製作を進めてきた。巨大企業を相手取った告発ドラマは、プロデュサーには大きなリスクが懸念されて当然で、完成から3年目にして今回が初の劇場一般公開となる。35歳以下が人口の半数を占めるパキスタンには、いまもグローバル企業は粉ミルク事業に参入している。今年1月には日本の大手企業が新たな粉ミルク製作工場を建設する。売れればよいだけでは済まされないグローバル企業の社会的・倫理的責任は常に問われている現代。本作はまさに現在進行形の問いを発している。【遠山清一】

監督:ダニス・タノヴィッチ 2014年/インド=フランス=イギリス/ウルドゥー語、英語/90分/原題:Tigers 配給:ビターズ・エンド 2017年3月4日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開。
公式サイト http://www.bitters.co.jp/tanovic/milk.html
Facebook  https://www.facebook.com/tanovic.movie

*AWARD*
第62回サン・セバスチャン国際映画祭Solidarity賞受賞。第39回トロント国際映画祭正式出品作品。