(C) Bon Ishikawa
(C) Bon Ishikawa

2015年4月25日、首都カトマンズの北西77Kmほどの山岳地帯を震源に発生したネパール大地震。地震の規模はマグネチュード7.8と推定され、カトマンズや周辺集落の多くが壊滅し死者9000人ともいわれる。日本人写真家の石川梵は震災発生の3日後、ジャーナリストとして初めて震源地・ラプラック村に現地入りした。壊滅した村で出会った14歳の少年アシュバドルと彼の家族、村の人たち。石川は、この村の状況を世界に伝えてほしいと願うアシュバドルとの約束を果たすため再び村を訪れ、自ら初めて監督としてメガホンをとった。素朴な山岳信仰をもって助け合いながら震災の爪痕を乗りこえて生きる村人たちの姿は、フクシマ、熊本地震の被災を体験した私たち日本人の琴線にもさやかに深く触れる。

【あらすじ】
ヒマラヤ山脈の標高2200メートルの傾斜地にある人口4000人のラプラック村。絶壁にあるヒマラヤ蜂の巣から蜂蜜を採取する村人。ロープ1本で釣り下げられた身体は、防護するようなものは何もつけていない。チベット古来の民間信仰ボン教のマントラを唱えながら採取すれば蜂から護られると信じている。実際、マントラを唱えている採取者は蜂に刺されることはなく、神を信じないものはだれもいない。

2015年春に大地震が起きた直後、石川監督は震源地のラプラック村を訪れ壊滅的な惨状を目の当たりにした。家々は倒壊し死傷者も多く出た。悲しみと貧しさにもめげずに倒壊した村の復興に手を携え合って奮闘する村人たち。石川監督は、14歳のアシュバドルと出会った。地震で母親を亡くし、妹プナム(7歳)も瓦礫から救出され足を怪我したポカラの病院に搬送された悲しみにもめげずに頑張るアシュバドルと、この村の惨状を世界に知らせることと再び村に来ることを約束を果たすためカメラをもってラプラック村に戻ってきた。

アシュバドルは元気に暮らしていた。放牧で暮らしを立てている父親ボラムサキャを尊敬し、将来は父親のようになりたいという夢を抱いている。末娘プナムも退院してやんちゃ盛りの元気と笑顔は、ボラムサキャやアシュバドルはもちろん母モティや長兄ジルバドル、長女アシュパニ、三男坊ラルバドルら一家の心をひとつにし一層輝かせている。村に戻りボラムサキャはアシュバドルの憧れの存在だ。アシュバドルも将来、父親のようになりたいと思っている。

牛を飼い、牛と戯れるアシュバドルと弟ラルバドル。 (C) Bon Ishikawa
牛を飼い、牛と戯れるアシュバドルと弟ラルバドル。 (C) Bon Ishikawa

心を強く、前を向いて生きるラプラック村の人たちだが、心に葛藤がないわけではない。石川監督は、その心の葛藤にも寄り添う。医師がいない村で17年前から献身的に村人たちを診てきた看護師ヤムクマリ(38歳)村をは、襲った大地震で夫を亡くし信仰心も激しく揺らいだ。その彼女に寄り添う村人たち。震災から8カ月が過ぎ、夫の葬式が執り行われていくなかでヤムクマリは深い悲しみを通り抜けていく。石川監督は彼女のグリーフを静かに見つめながらその心の変化を真摯に映し出している。村にも大きな葛藤があった。先祖から受け継いできた村の地盤が、大地震によって緩んでいて住み続けるには危険な土地になっていた。村人たちは、さらに高地への移住が迫られている…。

【みどころ・エピソード】
本来は写真家の石川梵監督は、ヒマラヤ山岳地帯の雄大さ、厳しい自然を空撮も交えてみごとな美しを見せてくれる。そして、山への畏敬と民間信仰を支えに励まし合い、助け合う素朴な心情と家族愛の美しさ。まばゆいほどの星空を見ていると、思わず「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわだを告げ知らせる」(新改訳聖書 詩篇19篇)の一節が思い浮かんでくる。天地の創造主を知らない村人たちは、自然の山に神の存在を見出し、あらゆるもののいのちの繋がりと尊さを祈念している。だが、その純朴な村人たちの祈念する想いは、都市に生きることで失われつつあるものの輝きを映し出している。 【遠山清一】

監督・撮影:石川 梵 2016年/日本/108分/ドキュメンタリー/映倫:G/ナレーション:倍賞千恵子 配給:太秦 2017年3月25日(土)より銀座・東劇ほか全国順次公開。
公式サイト https://himalaya-laprak.com
Facebook https://www.facebook.com/laprakhimalaya/