©2011 MediaPark Film- und Fernsehproduktions GmbH
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ナチスによって強制収容されたユダヤ人女性ハンナと政治犯で収容されたポーランド人トマシュ。アウシュビッツ収容所で出会った二人が恋をし、脱走する。だが、途中互いの消息が分からなくなり死亡したと思っていたが、ふとしたことで30数年ぶりに再開する。ストーリを理解しやすくするための脚色と設定の工夫がなされているとはいえ、’事実を基にした物語である’という最初の説明に強く引き付けられる。

ナチス・ドイツの敗戦間近の1944年とハンナがトマシュの生存を確かめる1976年の物語が交互に織りなされ物語が展開していく。

戦後、アメリカに渡って結婚し夫と娘の3人の暮らしに満足しているハンナ(ダグマー・マンツェル)。夫の研究が表彰されたホームパーティのためクリーニングに出していたテーブルクロスを取りに行き、テレビから流れる聞き覚えのある声に気づき、インタビューに答える内容からアウシュビッツをいっしょに逃亡し、推定死亡と聞いていたトマシュ(レヒ・マツキェヴィッチュ)ではないかとの疑念を強く抱く。

自宅に帰り、ホームパーティが始まっても心ここに非ずのハンナ。かつて調査を依頼した赤十字社に連絡し再調査を願い出た。数日間、ハンナの様子がいつもと違うことに夫も娘も気づく。なんでも打ち明けてほしい夫がだ、ハンナは頑なに事情を話すことを拒否する。だが、やがて戦時中の古い写真や古い資料などから収容所時代に関わりのあった人ではないかと家族にも知られていくのだが…。

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アウシュビッツでトマシュ(マテウス・ダミエッキ)は、ナチス将校の事務仕事に就けられていた。ある程度、自由に動ける立場を利用して、将校や下士官らからもワインやタバコなどの調達を任されている。事務室の将校らが退出する時間になると、作業の途中でも隙を見つけてハンナを事務室に招き入れるトマシュ。逢瀬と言うにはあまりにも切なく、機械的とも言えるほど緊迫した愛の交わり。

トマシュは、レジスタンス運動にも関わり収容所内の実態を収録したフィルムを、国内の仲間に手渡すために脱走の準備も進めていた。だが、自分だけではなくハンナ(アリス・ドワイヤー)もいっしょに連れて脱走すると主張していることに収容所内の仲間は危険が大きすぎると反対する。

だが、トマシュはナチス親衛隊将校の軍服を盗み出し、ハンナを連れて脱走を決行する。森の中を疾走する二人。逃避行だが、開放感の中での愛の交わりに、生きていることの実感がほとばしる。目的地とした母親(スザンヌ・ロタール)が住む実家に辿り着くが、ドイツ軍に接収されていて、母親は小作小屋で独りで暮らしていた。トマシュは、母親にハンナを紹介するがユダヤ人と分かるとはっきりと拒絶する態度を示した。ハンナも体調が急変し、母親に助けを求めるトマシュ。トマシュは知らされていなかったが、ハンナは流産した。だが、トマシュには脱走した任務を果たす責任がある。「2日で帰る」と言い残して母親の家を出るが、すぐには帰ることが出来なかった。数日後、ナチス将校が母親の様子を見に来た。あえて小屋に招きコーヒーを振る舞う母親。その態度に、将校は何かを感じ間仕切りのカーテンを開ける…。

収容所のリアルな演出。カトリックであろうトマシュの母親のハンナに対する態度や息子兄弟を守ろうとする言動にも当時の精神的な状況をスザンヌ・ロタールは毅然とした姿勢で演じている。戦時下でのレジスタンス運動が反共の一面を持っていた背景を知ると、トマスの兄と嫁が終戦直後にソ連兵に連行されていったシーンや、76年代のトマシュと娘の会話で教科書から「国内軍」の記述が無くなることへの言及などポーランドの様子を伺わせられる。

強制収容所内での恋愛という、極限的な状況の中でも男女は愛を貫き、いのちを掛けることができるという実話の素晴らしさへの感動。それだけに留まらず、人間の愛情のたくましさとともに、歴史のなかで失っていた心の傷。深い喪失感は、しっかりと甦り、確かめられることを必要としているという普遍的なテーマに、思いを深められる。

冒頭に、ドイツ語、英語、ポーランド語3つの原語でタイトルが表示される。ドイツ語のDie verlorene Zeitは「損失時間」。英語のRememberanceは「記憶・見覚え」という意味だが、邦題は、文学的な表現を加味していて、作品の緊迫感と解放感とともに心の深い喪失感からの回復の大切さを余韻として響かせている。ラストシーンに、その余韻が素直に心に響いてくる作品だ。 【遠山清一】

監督:アリス・ジャスティス 2011年/ドイツ/111分/原題:Die verlorene Zeit 配給:クレストインターナショナル 2012年8月4日(土)より銀座テアトルシネマにてロードショーほか全国順次公開

公式サイト:http://ainokioku.jp