©cmk2/eurospace
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深いテーマを美しい映像と日常的なとりとめのない会話で描いていくアッバス・キアロスタミ監督。イラン映画を代表する一人キアロスタミ監督が、外国で撮った2作目の舞台は日本。しかも撮影クルー、出演者らも日本人。大学教授を退任した老人と風俗嬢のアルバイトをしている女子大生、ストーカーぽい女子大生の恋人が絡む’恋’と’愛’のうつろな揺らぎをエラ・フィッツジェラルドのスタンダードなジャズにのせて描く。

夜のバーで気乗りしないデリバリー先への出張に難癖をつけて断ろうとする女子大生の明子(高梨 臨)。上京して間もなく風俗のアルバイトを始めた様子で、上京してきた祖母の「会いたい」という留守電にも応答できず悩ましい気持ちのまま時が過ぎていた。何時にないマネージャーの説得に負けて、タクシーに載せられデリバリー先へ向かう。

依頼者は社会学教授を退職し、専門書の翻訳などをしている老人のタカシ(奥野 匡)だった。部屋には洋画家・矢崎千代二 (1872-1947)の「教鵡(きょうむ)」が飾られている。モデルの女性が亡くなった妻の若い時の面影に似ているらしい。明子にもその面影は通じる様子。ただセックスのためだけに明子を呼んだのではなさそうだ。桜海老スープを作り、ワインも振る舞って会話を楽しもうとするが、明子は関心も示さずさっさとベッドルームに向かう。そして、ほどなく寝入ってしまった。

翌朝、明子を大学まで車で送るタカシ。そこはかつて教えていた大学だった。授業が終わった後、書店で資料探しを手伝う約束をしたタカシ。ところが、大学に着くと明子の彼氏ノリアキ(加瀬 亮)が待ち構えていた。授業が終わるまで待つことにしたらしく、乗せてきたタカシに声をかけてきた。品の良さそうなタカシを見て、ノリアキは勝手に明子の祖父と思い込み、自分の身の上話や、明子と結婚するつもりだと思いの内を打ち明けていく。中学を卒業して叩き上げで自動車整備工場を経営しているという。だが、明子が風俗のアルバイトをしていることは知らないようだ。

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授業を終えた明子は、意外にもタカシの車にノリアキが乗っていることに驚く。タカシはほのかな疑似恋愛の心持ちから意外な展開になってきたことを楽しんでいるかのようだ。ノリアキは、直情的なタイプのようで明子は自分と結婚すべきだと真面目に思い込んでいる。3人それぞれの思いが、タカシの車のなかで微妙に絡み合っていく。

人はそれぞれに過去を連れて生きているが、’いま’生きていることにどう絡んでいるのか分からぬまま行動してしまう。ほんの出来心のようなタカシの恋心への誘い。始まりは分からないが、風俗のアルバイトを続けている明子。明子に一途なノリアキ。恋と愛の間が、虚と実の間のようにうつろう。だが、ほんの出来心のような’悪いこと’にも、やはり危ない現実が顔を出す。そのうつろいを破るラストシーンの演出が心に残る。 【遠山清一】

脚本・監督:アッバス・キアロスタミ 2012年/日本=フランス/109分/原題:Like Someone in Love 配給:ユーロスペース 2012年9月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国純公開

公式サイト:http://likesomeoneinlove.jp