長谷井 宏紀(はせい・こうき)
岡山県出身。映画監督・写真家。セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。本作にて長編映画監督デビューを果たす。

幸せ求めてお母さんを買うと
決心したスラムの少女の物語

フィリピンのスラムに暮らす少年少女の目線から、生きていくための幸せって何だろうと語りかけている心温まる映画「ブランかとギター弾き」が7月29日より全国順次公開される。お金があればなんでも買えることに気づいた11歳の少女ブランカは、有名な女優が4人目の養子を孤児院から引き取ったニュースを見て、大人が子どもを買えるなら私は「お母さんを買って幸せになろう」と決心し、募集のポスターを町に貼って歩く。だが、盲人のギター弾きピーターに出会い、歌の才能を見いだされたことで自分が生きていくための幸せが何なのかに気づいていく物語。本作が長編映画デビュー作の長谷井宏紀監督は、ヴェネツィア国際映画祭新人育成プロジェクト第3期の3企画のうちの1本に本作の企画が選ばれ、第72回ヴェネツィア国際映画祭マジックランタン賞、ソッリーゾ・ディベルソ賞を受賞したほか世界の50以上の映画祭で上映され多くのグランプリを獲得している。フィリピンのスラムに暮らす子どもたちが、見上げた視線の先にどのような“幸せ”を見つけたのか。長谷井監督に話を聞いた。【遠山清一】

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――ひと言で言いますと、とても心が温かい気持ちのなれる作品ですね。経済大国の日本にいると、見失いがちな価値観に気づかされる思いがしました。

長谷井 ありがとうございます。私たちは、ほとんどのものがお金で手に入ると知っています。もし大金を積めば宇宙にだって行くことが出来ます。そこで僕は自分に聞いてみました。母親を買うことは可能なのかと。この映画のコンセプトは、そういった疑問から生まれました。

――子どもたちと結託して観光客から財布を盗み取って生きてきたブランカが、盲人のストリートミュージシャンのピーターと出会ってから生き方が少しずつ変化していきますね。

長谷井 ピーターと出会ったブランカは、自分の中に在る能力で生き抜いていけるんだよという強さを彼から教わっていく。愛情を知らずに育った少女が、母親を買うといアイディアで幸せを買えるんじゃないかと思っていた。それが、最終的に自分が帰る場所はパーソナルな人と人との繋がり、温もりのある家だ思って帰っていく。たくましく生きる少女が見た希望というか、勇気というか、そこを共感していただけるとうれしいです。

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フィリピンのスラム街で知り合った
子どもたちとの約束を果たせた作品

――フィリピンのスラム街に温かいまなざしを注ぎ、本作のような作品を撮ったのは、何が長谷井監督をそこまで引き付けているのでしょうか。

長谷井 2つあると思います。一つは、僕が28歳のころ33歳ごろまで毎年通っていた時、当時の子どもたちと「ここでいつか映画を撮ろう」と約束したこと。約束は守らないとなぁという思いがずっとあって、これをやらないと次へ進めないという思いはありました。もう一つの、スラムに対する情というのは、僕が何かをしてあげているというものではなくて、むしろ僕が彼らに助けられていて、愛されているから呼ばれているという感じなんです。物質の生産と効率が多くを占めている生活の中で、人と人とが触れ合う空気が薄くなっていく社会みたいになっていくように感じています。僕がフィリピンのスラムに行くと、もっと直接的なコミュニケーションがあり、日々を愉しむ力みたいなものが溢れていて、ほんとうに一日を愉しめるんです。

――子どもたちやスラムの人たち、物語の展開などがとてもリアルですが、フィリピンのスラム街に何度も通い、現地よく知っている監督ならではではでしょうか。

長谷井 この作品に当時の子どもっだ人も何人か出てくれていますし、ブランカ以外は子どもたちはじめメインのキャスティングは2カ月半ぐらいかけて現地の路上で僕が見つけた人たちです。あと、リアリティのある仕上がりはフィリピンのクルーみんながとてもすばらしい働きをしてくれたからですね。

映画とはボーダレスな
ユニバーサル映像言語

――この作品は、イタリアの映画祭の新人育成で企画が認められ、フィリピンで撮影し、韓国で編集したとのことですが、日本とのかかわりなかったですか。

長谷井 あえて日本を外したということではありません。日本の公的機関やいろいろな方とお会いして試してみましたが、この企画の協力者には出会えませんでした。正直、この企画が映画になったのは、映画芸術に対して強いものがあるヴェネツィアが僕の傍らに付いて手を差し伸べてくれたからだと思っています。

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――ヴェネツィア国際映画祭とのかかわりをたどると映画監督エミール・クストリッツァと出会い、彼を通して映画プロデューサーのカール・バウハトナー(通称バウミ)のもとで脚本づくりや短編映画制作に携わっていますね。

長谷井 はい。セルビア人のエミールが僕の作品を評価してくれたのは、僕にとってとても幸運なことだったと思います。そこからバウミと出会えたし、ヴェネツィアへとのかかわりも生まれています。僕は、映画というのは国籍とか関係ないボーダレスなユニバーサル映像言語だと思っています。ですから日本で評価されようがブラジルとかメキシコなどで評価されようがあまり関係ないことで、たまたまセルビアの人が僕のやっていることに響いてくれたということです。そういう意味では、日本でということにあまりこだわりは持っていませんが、僕も日本人なので日本人に通用するユニバーサルな言語の映画を作ってみたいという思はあります。

――大上段に社会問題を切るという仕上げ方ではないだけに、自分の生き方とか、価値観なりがグローバルな視点の方向へ引き寄せられていく作品のように感じました。

長谷井 エミールが「グローバルにものごとを観て、ローカルに立ちなさい」と言っていましたが、いい言葉だなと思います。グローバルな視点は外せないのですが、でも、そこからパーソナルなところへいくものですよね。グローバルな立ち位置から人間というものを観て、それをシェアしていくということだと思います。

――どうもありがとうございました。

【映画 ブランカとギター弾き】
監督:長谷井宏紀 2015年/イタリア/タガログ語/77分/原題:BLANKA 配給:トランスフォーマー 2017年7月29日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。
公式サイト http://transformer.co.jp/m/blanka/
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