町からは見えない'丘の後ろ'に在る修道院で事件は起きた。 ©2012 Mobra Films - Why Not Productions - Les Films du Fleuve - France 3 Cinema - Mandragora Movies
町からは見えない’丘の後ろ’に在る修道院で事件は起きた。 ©2012 Mobra Films – Why Not Productions – Les Films du Fleuve – France 3 Cinema – Mandragora Movies

理性を超えた悪魔と神を信じるエクソシストとの闘いを描く作品は多い。だが本作は、そうしたオカルト趣味的な内容とは異なる。信頼できる人の愛情を求めた一人の女性が、その伝わらない悩みから心のバランスを崩し、奇異な言動を’悪魔憑(つ)き’と判断され、悪魔祓い(エクソシズム)の儀式の過程で死に至る悲劇を、人間の愛か神への従順かの葛藤としてシビアに見つめている。

2005年にルーマニアの修道院で実際に起きた’悪魔憑き事件’を基に、幼い時期同じ孤児院で過ごした女性2人の心のつながりを、愛か信仰かとの葛藤から引き起こされる悲劇として描いたヒューマンドラマに再構成している。それだけに、現代社会のあらゆる場所で起こりうる危うさが、冷たく吹雪くメッセージとして身に染みてくる。

ドイツへ出稼ぎに出ていたアリーナ(クリスティーナ・フルトゥル)が、ルーマニアに一時的に帰ってきた。迎えに来たのは、孤児院で一緒に育ち今はルーマニア正教の修道女になった親友のヴォイキツァ(コスミナ・ストラタン)。取りあえず、ヴォイキツァの修道院に行く二人。男性は院長の司祭=神父様=(バレリウ・アンドリウツァ)と運転手だけで、あとは修道女だけの修道院。近づいている復活祭のため大斎(おおものいみ。カトリックでは四旬節)の時期で忙しい。

アリーナが帰ってきたのは、独りで暮らすことの不安から唯一の親友ヴォイキツァを説得していっしょにドイツで生活したいと願ってのこと。だが、ヴォイキツァは、「私の愛と神の愛を比べてはいけない」と断る。簡単には諦めきれないアリーナ。彼女の不安を読み取ってか、神父様に「一時的にマリアとドイツに行き、少し一緒に生活して、また戻ってきたい」と相談するが、神父様は認めない。

奇怪な言動をするアリーナを親友のヴォイキツァ修道女は抱きかかえるが…。 ©2012 Mobra Films - Why Not Productions - Les Films du Fleuve - France 3 Cinema - Mandragora Movies
奇怪な言動をするアリーナを親友のヴォイキツァ修道女は抱きかかえるが…。 ©2012 Mobra Films – Why Not Productions – Les Films du Fleuve – France 3 Cinema – Mandragora Movies

アリーナがドイツへ移住するための手続きを手伝うヴォイキツァ。だが、アリーナの書類がそろわないため、その日は完了できなかった。その夜、お祈りの席についたアリーナの様子がおかしい。突然、興奮して走り出し井戸端に頭を打ち付け始めた。慌てて取り押さえ、病院に運んで手当てしたが、病院では入院を認めず修道院に戻された。

統合失調症の薬を処方されたものの、様子の落ち着かないアリーナにヴォイキツァは懺悔することを進める。464もあるという「罪のリスト」。アリーナは21の罪を認めて懺悔し、神父様は罪の償いとして伏礼1000回と断食を申し渡す。修道院での生活は向いていないと言われたアリーナだが、意を決して修道女になると言い出した。だが、司祭でないとは入れない至聖所に入ったり、神父様に悪態をついたりとアリーナの奇行は止まらない。思い余ったヴォイキツァは、神父様に悪魔祓いをしてほしいと進言する。ほかの修道女たちとも相談し、神父様は悪魔祓いの儀式を決意する。

脚本・監督を手がけたムンジウ監督は「まず第一に、愛と自由意思についての映画だ。それは、すなわち、愛は如何にして善悪の概念をもっと別のものに変えられるか、ということである」という。これは、キリスト教を含め信仰をもって生きようとする者が、様々な判断をするうえで警鐘として響いてくる。善いこととして判断して他者の内面に関わる言動が、何らかの行動の規制を強いていたり、大きな過ちへの戸口にさえなりかねない。

孤児院で子ども時代を過ごしたアリーナとヴォイキツァ。アリーナは心の拠り所をヴォイキツァへの愛に求めたが、ヴォイキツァは修道院での教えと規律に従順に生きることで神の愛を求めようとする。その葛藤の中で、周囲の価値判断を巻き込みながら作られていく悲劇への渦。「わたしたちを引き裂くのは、神か、悪魔か――」のキャッチコピーが、自らに問いかけられているように、良心の光の中から聞こえてくる。【遠山清一】

監督:クリスティアン・ムンジウ 2012年/ルーマニア=フランス=ベルギー/152分/原題:DUPA DEAURI 英題:BEYOND THE HILLS 配給:マジックアワー 2013年3月16日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.kegarenaki.com

第65回カンヌ国際映画祭女優賞(主演の2人)&脚本賞受賞。2013年第85回アカデミー賞外国映画賞ルーマニア代表作品。