Movie「リンカーン」――恒久的な奴隷制度廃止を実現させた最後の4か月
強く惹きつけられる。アメリカ合衆国’内戦’と呼ぶ南北戦争(1861―65年)の肉弾戦の悲惨さ。戦争の終結と、奴隷解放を宣言し法的根拠を制定するため政治の指導者としての決意と苦悩。多忙な公務の中だが、家庭にあっても夫・父親として呻吟するような現実も丁寧に追っている。映像美と緻密なストーリー展開で、スピルバーグ監督は’誰からも愛された大統領’の最後の4か月間を描き切る。
共和党最初の大統領として再選を果たした第16代大統領エイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は、戦地訪問し前線の黒人兵士たちとも気さくに話し、戦病者たちを慰問する。前年に奴隷解放宣言を発し、奴隷解放のための戦争であることが明確な大義となり、ゲティスバーグでの激戦を制してからは北軍が好転し、和睦か勝利かの収束策を講じる時期に入っている。
だが、奴隷解放宣言だけでは、終戦後に現実的な政策を立案施行することが出来るかどうかは分からない。より現実的な奴隷解放運動がなされるためには憲法を修正して明確な方向を指し示す必要がある。しかし、共和党は選挙で議席数を落とし、新たに議会が招集されると3分の2票を獲得しないと憲法修正案は採択されない。読み込んだ票差は20票。リンカーンは、側近たロビイストたちに、なんとしても必要な票数を獲得するよう議会工作を指示する。
ホワイトハウスの大統領執務室でも自宅のように遊びまわる四男のタッド(ガリバー・マクグラス)。正義感に燃える長男のロバート(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)は、学生として学んでいる時ではないとばかりに、両親の強固な反対を押し切って北軍に入隊してしまう。妻のメアリー(サリー・フィールド)は、既に二人の息子を亡くしている悲しみから脱却できず、ロバートまで戦死したら戦争を終結しないエイブラハムの責任とばかりに責める。
未だ南北戦争が終結していない1865年1月25日。リンカーンは「奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とする時を除く。」と定めた憲法修正第13条を議会に提出した。
和睦での停戦か、勝利での戦争終結か。多数の戦病死者と厭戦感情は、議会での論議にも大きく影響する。その揺れ動く政局と様々な憶測がうごめく議会での緊張感。家庭でも夫として父親として思い悩む一人の人間としての姿。主演のダニエル・デイ=ルイスは、リンカーンの内面に静かに深く迫る演技で米国アカデミー賞初の3度目の主演男優賞を受賞した。その見事な演出は、さまざまな国際映画祭で250に及ぶ部門にノミネートされ、90部門で受賞されるなど高い評価を得た作品。
スピルバーグ監督自身が「偉大な指導者が求められる今こそ知ってほしい物語」とコメントしたキャッチコピーも印象的だ。
だが、本作のすばらしさは、永久的な奴隷制度廃止を保障する法的根拠を制定したリンカーンの不断の信念と政治的手腕を、暗殺された最初のアメリカ大統領となる最後の4か月間の史実を基にドラマチックに描き切っているところにある。それ以前の、リンカーンがネイティブアメリカン(インディアン)に対して行った強制移住や固有の文化を破壊する政策を強固に推し進めた史実には触れられていない。リンカーン大統領であっても、アメリカ開拓期に生きた’時代の子’であり、その生涯をとおしてのリンカーン像が描かれているわけではない。
いま、日本でも憲法改正に向けて様々な論議がなされようとしている。日本を変える’強い指導者’が待ち望まれている政治と社会のムードも醸し出されつつある。良くも悪くも’映画’は、強いインパクトもってメッセージを伝えるエンターテイメント。いま、この時代にこの作品が、無批判な強者崇拝への待望感情を安易に植えつけることがないようにと願わされる。 【遠山清一】
監督:スティーヴン・スピルバーグ 2012年/アメリカ/150分/原題:Lincoln 配給:20世紀フォックス映画 2013年4月19日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー。
公式サイト:http://www.foxmovies.jp/lincoln-movie/
2013年第85回アカデミー賞主演男優賞・美術賞受賞、第70回ゴールデン・グローブ賞主演男優賞受賞作品ほか多数。