夫婦を名乗りながらも、「幸せになるためにいっしょにいるのではない」という尾崎とかなこ。 ©2013「さよなら渓谷」製作委員会
夫婦を名乗りながらも、「幸せになるためにいっしょにいるのではない」という尾崎とかなこ。 ©2013「さよなら渓谷」製作委員会

端的に一言で表現すれば、かつて集団レイプ事件を起こした男とその被害者の女の愛憎劇。だが、その愛憎をありきたりな展開に終わらせず、ある種の希望さえ観る者に抱かせるエンディングが心に残る作品に仕上がっている。

都心から離れた山間の渓谷がある小さな町で、製材所で働く尾崎俊介(大西信光)と妻・かなこ(真木よう子)。隣りの借家にはマスコミやテレビのリポーターらが取材に来ていて騒がしい。2週間前に少年の遺体が発見され、犯人として少年の母親・立花里美が連行される。そのニュースが俊介とかなこの家のテレビにリアルタイムで流れている。そんな隣家の喧騒は関係ないかのように愛し合う二人。だが、どことなくドライな雰囲気を感じさせる二人のいとなみ。

事件は落着しなった。製材所へ行く途中、俊介は警察の車に止められ、事情聴取のため警察署に連れて行かれた。美里が、「俊介と不倫関係にあった」と警察の取り調べで証言したという。不倫関係から、少年が邪魔になった母親の犯行か。俊介に対しても警察は嫌疑のまなざしを向けていく。

少年の殺害事件から母親の犯行疑惑。一連の出来事を取材していた雑誌記者の渡辺一彦(大森南朋)と小林(鈴木 杏)は、共犯の容疑者に上がってき俊介の過去を調べる。そして浮かび上がってきたのは、15年前に大学野球部の集団レイプ事件で俊介も逮捕され、退部・退学になった事実。小林もレイプ事件の被害者・水谷夏美の事件後を追った。

加害者の大学生たちは、その後巷間の口に上ることもなく、父親の事業を継いでいる者もいる。だが、被害者・水谷夏美は会社務めの後に婚約したが、興信所の調査で事件のことを責められて婚約解消。その後、両親は離婚し、転職を繰り返して事情を打ち明けて結婚した夫からはDVを受け、幾度かの自殺未遂の後に失踪して数カ月がっていた。同じ女性として小林は、「夏美はもう生きていないかもしれない」と、事件後大切な多くのものを失ってきた夏美を憂う。

15年前の集団レイプ事件から尾崎とかなこ二人の関係にたどり着く記者の渡辺(左)と小林。 ©2013「さよなら渓谷」製作委員会
15年前の集団レイプ事件から尾崎とかなこ二人の関係にたどり着く記者の渡辺(左)と小林。 ©2013「さよなら渓谷」製作委員会

数日後、かなこは俊介と美里が不倫関係にあったことを認める証言を警察に告げた…。

フライヤーのコピーにも書かれているが、15年前の集団レイプ事件の被害者・水谷夏美が、かなこであり夫婦と名乗って生活していることの驚き。渡辺と小林がその事実にたどり着くミステリアスな展開。現在のかなこと、入院中に目の前に現れた俊介への憎悪感を捨てられない、夏美の激しく複雑に揺れ動く心理を演じる真木よう子の凄まじさに引き寄せられていく。

途中で帰ることもできず流れのまま校内でレイプされた夏美。4人いる悪ノリの流れの中でレイプを犯してしまう俊介。だが、その悔悟の痛みを胸に抱き続けていた俊介。謝罪したところで、夏美が失った人生の大切なものは戻らない。

「私たちは、幸せになるためにいっしょにいるんじゃない」と認識しあうかなこと俊介。だが、どことなく希望を予感させられるかなこと俊介それぞれのラストシーン。かなこの思うことはどんなことでも受け止めてきた俊介の言葉には、ほかの3人の男たちの贖罪をも負いながら、俊介なりの光を求めて歩もうとするカタルシスを感じさせられる。 【遠山清一】

監督:大森立嗣 2013年/日本/117分/映倫:R15/ 配給:ファントム・フィルム 2013年6月22日(土)より有楽町スバル座、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。
公式サイト:http://sayonarakeikoku.com

2013年第35回モスクワ映画祭コンペティション部門審査員特別賞受賞作品