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アメリカ人の父と新橋の芸者だった母との間に生まれた横浜育ちの禅僧ヘンリ・ミトワ。大正時代に生まれ、大東亜戦争のさなか敵性外国人との後ろ指に押しやられ、アメリカに渡れば強制収容者暮らし。その波乱万丈の生い立ちを見つめながら、禅宗へ帰依し風流人と評され、晩年には母影を慕いつつ動揺「赤い靴」の映画化に執着する。京都嵐山の禅寺から欧米に禅と日本文化の紹介者として貢献し、縁故者の遺骨を庵の仏壇に奉る禅人。一方で、妻子をアメリカから呼び寄せたものの、暮らし向きには頓着しない身勝手さをけなす家族の証言。「どのような仕事であれ何かひとつのことを極めれば、どのような“道”であっても禅に繋がる」とある高僧は語る。ヘンリ・ミトワが禅にいたり極めようとした道は何だったのか。ドキュメンタリーとドラマ、アニメの表現ジャンルを縦横に構成し、生き方心情の表裏をありのままに描いていく。

【あらすじ】
1918年(大正7)、3人兄弟の末っ子として横浜で生まれたヘンリ・ミトワ。父リチャードは、アメリカの映画会社極東支部長を務めていた父親の生活は豊かで、ヘンリも6歳からセントジョセフカレッジに入学し英語教育を受けていた。だが1928年(昭和3)、リチャードは2番目の兄フレッドを連れてアメリカに帰国。そのうち仕送りのお金も滞り身体の不自由な長男ジョンと幼いヘンリを抱えて母こうの暮らし向きは困窮する。

大東亜戦争(1937年支那事変から45年の敗戦まで)のさなか、通信機器の製作会社に勤めるヘンリは、特別高等警察(特高)の刑事らに敵性外国人、スパイの嫌疑をかけられ執拗な監視といやがらせを受ける。つくづく嫌気がさしたヘンリは、闇ドル組織の誘いに乗って旅費を稼ぎ母と長兄を残して1940年に一人渡米する。

ドラマパートでヘンリを演じるウェンツ瑛士と母こうを演じる余貴美子 (C)大丈夫・人人FILMS

ロサンゼルスに着いたヘンリは、父リチャードの落ちぶれた有様に愕然とする。生活と母への送金のため電気修理工として働き、パーティでピアニストのサチコと出会う。だが、翌年に太平洋戦争開戦。ヘンリは日本に帰国できなくなり翌年には日系人強制収容所に収容され、収容所でサチコと結婚。日系人であっても米軍徴兵に応じるかを問う忠誠登録に“N0”と答え米国の市民権を放棄して日本への帰国を申請した。終戦までの収容所暮らしで長男エリックと長女京子を授かったが、日本には帰らず8年間パサディナでエンジニアとして勤め市民権も回復した。

母こうが1955年に亡くなった。「私を捨てるのか」と渡米を反対する母に、「必ず帰ってくる」と約束したのを守れなかったヘンリ。日本に単身帰国したのは1961年のこと。京都・妙心寺に身を寄せたあと、裏千家茶道研修所に入学し住み込みで茶道を学んだ。65年には、海軍にいたエリックを除き妻サチコと長女京子、次女静の家族3人を日本に呼び寄せた。そして、54歳にして京都・天龍寺の禅僧となり、禅と日本文化を海外に紹介する雑誌、文筆活動に力を尽くす…。

【見どころ・エピソード】
わが道を行くとばかり、母を置いて渡米し、米国で禅、茶道、日本文化と出会い、帰国すれば家族そっちのけで禅の修行と粋人と評されるほど心動くところを究めていく。波乱の時代を生き抜いた長い人生を歴史資料とインタビューで語り、その狭間を様々な演出と構成で描くドラマパートでつないでいく。ヘンリの若い時代をウエンツ瑛士、母こうを余貴美子、怪しげな闇ドル組織の男女を永瀬正敏と緒川たまきらが演じ、存在感のある演技で魅せられる。8章に分けられた構成を、ドラマパートを縦横に活かしてドキュメンタリーを完成させる手法には引き付けられる。

オープニングで童謡「赤い靴」にまつわるエピソードが語られる。そして晩年、老僧が完成を目指したのは、亡き母への悔悟の念からか、童謡「赤い靴」をモチーフにした女の子と母親悲話の映画化。その心の執着と家族のつながりを見つめ続けるカメラワークは真摯で圧巻の作品だ。  【遠山清一】

監督:中村高寛 2016年/日本/127分/ドキュメンタリー/ 配給:トランスフォーマー 2017年9月2日(土)よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほか全国順次公開。
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