(C)2017 三里塚のイカロス製作委員会

イカロスとは、ギリシャ神話に登場する人物の一人で、父親がイカロスに蜜蝋で固めた翼をつけて閉じ込められていた塔から逃れた。だが自由自在に空を飛んでいるうちイカロスは自らを過信し太陽に向かって近づき翼の蝋が溶けて海に墜落して死ぬ。人間の傲慢さと理想を抱いて生きる勇気への寓話として語られている。代島監督は、画家マルク・シャガールの「イカロスの墜落」に本作のインスピレーションを得たという。唐突に成田空港建設地に指定した国家権力に抵抗する三里塚地域の農民たちを命がけの“支援”で結集した学生運動の若者たち。だが、農民と支援学生運動は分断され、やがて新空港は開設された。50年前の“あの時代”と現在の感慨を、未だに機動隊が巡回警備する現場で証言するドキュメンタリー。

【あらすじ】
1966年7月4日、佐藤内閣は新東京国際空港(現在の成田空港)の三里塚建設案を閣議決定した。翌朝、マスコミ各紙が一面トップ報道しているのを見て寝耳に水の農民は怒った。戸村一作を代表に「空港反対同盟」が結成された。農民たちは青年行動隊・婦人行動隊・壮年行動隊を作り、国家権力の実働部隊の機動隊に必死に抵抗する。農民の抵抗に、三派全学連(中核派・ブント・社青同解放派)が“支援”団体として参加する。反対闘争を指導した農民運動家の加瀬勉さんは「一番びっくりしたのはね、命がけで我々のために闘ってくれる人がはじめて現れた、すなわち、血を流してまでもね、農民を助けてくれた人っていないわけですよ、歴史のなかに。」と回顧し、農民たちが歓迎した様子を語る…。

三里塚闘争に参加した支援女性の中には、農家に嫁いだ女子大生も多くいた。その先陣を切った元ML派の秋葉恵美子さんは、その馴れ初めを照れくさそうに語る。だが地区の拠点だった家への嫁入りはマスコミの格好の標的にもなる。「週刊新潮なんてひどいことが書いてあってね。世間知らずのお嬢さんがすぐ逃げ出すだろうみたいに書いてあって。そんとき思ったね、新聞とかあれはいい加減なことを書くなって。まあ、なんて書かれたって私は私だから見ててよって思ったね」。

元プロレタリア青年同盟の中川憲一さんは、78年3月26日に空港管制塔を占拠・破壊したグループの一人。現地を歩きながら取材に答えていると巡回警備している機動隊の車が通りがかり隊員が確認しにやってきた。成田は“あの時代”という過去ではなく、今も機動隊警護が常態の地域なのだ。空港管制塔襲撃にも参加していた元第四インターの吉田義朗さんと平田誠剛さんは、当時の食糧難の苦労や反対同盟分裂後の中核派からのテロ襲撃などについて語る。中核派からの攻撃には反撃せず「耐えた」という。吉田さんは、強制代執行を迎え撃つためのトンネル(塹壕)掘りで落盤事故に遭い、半身不随の車イス生活となった。

(C)2017 三里塚のイカロス製作委員会

元空港公団職員で用地買収を担当していた前田信夫さんは、農民との買収交渉にとどまらず公団トップと反対派トップとの水面下での折衝にもかかわっていた。だが直前に情況が漏れたため秘密交渉は実現しなかった。常にマークされ、危ない目にもあったが、78年5月に空港が4000m滑走路う一本で部分開港した。だが、92年5月に中核派メンバーがすでに用地担当を離れていた前田さん宅を爆破し、足を負傷する。前田さんは「空港建設で亡くなった方はかわいそうだったなあっていうのは、石橋(政次委員長代行)さんをはじめね、みなさんそういう風に、農家の人はかわいそうだったことを思い出しますね。」という。

元革共同中核派政治局員の岸宏一さんは、81年から2006年まで25年間三里塚現地責任者を務めた。「ぼくとしてはどういう風な形で三里塚の闘争を維持し、継続し、勝利させていこうかという風に問題を立てて、過ごしてきましたけどね。」と語る岸さんは、一本釣りされ三里塚を離れていく、移転せざるを得なくなる長い年月の農民の意識と、政治問題化に特化されていく反対運動の変遷を真摯に振り返る…。

【見どころ・エピソード】
一日平均11万人が離発着している成田国際空港。その華やかさからは想像できない50年に及ぶ反対闘争の歴史を、命を懸けて闘い、懸命に暮らしを守り、今を生きている人たちが語る。多くの若者たちが命を亡くしている。触れたくない事実にも真摯に向き合い、語られる言葉の重さが、なぜか清々しく感じられる。前島さんの「悔いはないです」という一言が、“農民の暮らしを守る”ため真剣に向き合い、力を尽くして闘ったことの証のようにも聴こえる。一方で、分断され、内ゲバに転じていく“闘争に維持と勝利”はどうであったのか。岸さんの最期の証言となった言葉が記録されたことを噛み締めたい。【遠山清一】

監督:代島治彦 2017年/日本/カラー&白黒/140分/ 配給:ムヴィオラ、スコプル工房 2017年9月9日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
公式サイト http://www.moviola.jp/sanrizuka_icarus/
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