ミンチョル(右)はチェ・ギョンソク長老(中央)とソン・チェルウ牧師が村人たちを騙している似非宗教団体だと見破るが… (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved.

ヨン・サンホ監督は、本作で追及したテーマについて「“果たして人間は信念がなくでも生きることができるのか?”。あるいは、“間違った信念を持った人をあざ笑う権利が、私たちにはあるのか?”など、人間が持っている信念、信頼の本質について問いかけたかった」と語っている。

詐欺集団がある村に作った似非(えせ)キリスト教会を舞台に、絶対的な神の存在を信じて希望を見出そうとする村人たちの信仰と、似非宗教の欺瞞を告発するが日ごろの粗暴な行動が災いして信頼されない男など、さまざまな人間関係が描かれていく。人間の信念の本質とともに現代社会の経済格差や苦境からの脱却願望という問題性をも深く抉り出す社会派アニメーションの佳作が公開される。

【あらすじ】
ダム建設が進みほどなく水没予定地となっている村に、ある日、粗暴で嫌われ者のキム・ミンチョル(声:ヤン・イクチュン)が帰ってきた。村人たちは、補償金を手にしたものの先行きの希望もないまま昼間から酒と賭博で活気の無い日々を送っている。

ある村人たちは、村に建てられた仮設の祈祷院に集っている。町で職業斡旋会社を経営するチェ・ギョンソク長老(声:クォン・ヘヒョ)が祈祷院での礼拝と奇跡で癒す集会の司会を務めている。若いソン・チェルウ牧師(声:オ・ジョンセ)への村人たちの信頼も篤い。仮設の祈祷院には、「パンソク祈祷院」を建設して村人たちが移転入居して安心して信仰生活を送る希望のスローガンが掲げられている。その希望を信じて献金し、癒しの力があるという水を買い求めていく村人たち。

ミンチョルは、帰宅した日に娘キム・ヨンソン(声:パク・ヒボン)が大学進学のために貯めていた貯金通帳とハンコを持ち出して酒と博打に使い込む。大学から合格通知を受け取ったヨンソンは、父ミンチョルを難詰するが殴打される。

ミンチョルが帰ってきたことで働きながら大学進学を目指していた娘ヨンソンの願いは打ち砕かれる… (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved.

町のバーで飲んだくれて管をまくミンチョルは、店で数人の男たちと飲んでいたギョンソク長老に因縁をつけ逆にトイレで殴り倒される。警察に行って傷害で訴えるが、酔っ払いのたわごととして取り合ってもらえない。だが、ミンチョルは全国指名手配ポスターの中にギョンソク長老を名乗る男を発見する。ギョンソク長老は詐欺集団のボスであり、町で教会を開設し村人たちから補償金を巻き上げていた。

村に戻って祈祷院の癒しの集会に押し入ったミンチョルは、村人たちにギョンソク長老やチェルウ牧師らが似非宗教でインチキな奇跡や癒しの水などで騙していると訴えるが村人たちも信じない。集会には信者になっていた妻と娘ヨンソンも来ていて乱暴に捲くし立てるミンチョルを止めに入る。だがミンチョルは、逆上して娘ヨンソンを殴り倒し、止めに入ったチェルウ牧師の顔も殴りつける。ギョンソク長老は、ミンチョルは悪魔に憑りつかれていると非難し幹部をよそっている手下らに命じて祈祷院から連れ出してしまう…。

【見どころ・エピソード】
言葉で愛情を伝える術を知らないミンチョル、信じて生きる希望を見出そうとする村の信者たち、その村人たちの信仰心をせせら笑いながら長老を演じるギョンソク、ギョンソクに疑念を抱きながらも神への信仰に揺らぐチェルウ牧師、粗暴な父親に愛想をつかし絶望しながらも絶対的な存在にすがろうとするヨンソン…。信頼と疑念の葛藤の渦は悲劇的な結末へと転がり落ちていく。声の演技を担っている俳優たちの熱演が強く心に焼き付いてくる。

ヨン・サンホ監督は、実写映画化を想定して脚本づくりに取り組んだという。だが、キリスト教人口が多い韓国で、ダム建設で水の底に沈む村の喪失感や疎外感とおして浮き彫りにされていく現代社会のあり様や“信じて生きる”ことと“信じること”の疑わしさの本質をテーマにした本作に投資家の触手は伸びなかったという。アニメーション映画が本職のサンホ監督、窮地から立ち返ったアニメ化がむしろストーリー展開に込められたテーマがクリアーに伝わって来て問題性を見る者の立場で考えさせてくれている。 【遠山清一】

監督:ヨン・サンホ 2013年/韓国/ハングル/101分/アニメ/原題:サイビ(似而非)、英題:The Fake 配給:ブロードウェイ 2017年10月21日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト http://warekami-movie.com

*AWARD*
2014年:第38回アヌシー国際アニメーション映画祭コンペティション部門招待作品。第34回ボルト国際ファンタスティック映画祭長編コンペティション部門脚本賞受賞。第46回シッチェス・カタロニア国際ファンタスティック映画祭アニメーション部門最優秀作品賞受賞。 2013年:第38回トロント国際映画祭VANGUARD部門招待作品。釜山国際映画祭韓国映画トゥディ パノラマ部門出品。ヒホン国際映画祭Animafix部門最優秀作品賞受賞。第86回米国アカデミー賞長編アニメーション賞エントリー作品。