ディディエ(右)のバンドにシンガーとして加わるエリーゼ。 ©2012 Menuet/Topkapi Films

ほぼ一目ぼれで付き合った男と女。人生観も性格も違うが、娘を授かり互いの心が打ち解け合い大切に育てていく。だが、幼い愛娘がガンにかかり、微妙に揺れ動いていく2人の心。人生と愛の相克をブルーグラスにのせて奏でていく最高の音楽映画。カトリックの信仰に親しみ娘とともに永遠を想う妻、その心に寄り添えきれなかった夫との別れが哀しい。

元パンクロックだったディディエ(ヨハン・ヘルデンベルグ)は、自由の国アメリカに憧れているブルーグラスバンドのバンジョー弾き。街でタトゥデザインの店を営んでいるエリーゼ(ヴェルル・バーテンス)に一目ぼれ。ほどなく2人は、郊外にあるディディエの家で暮らしはじめ、エリーゼはディディエのバンドで歌うようになる。

やがて女の子メイベル(ネル・カトリッセ)が生まれ、あまり想像していなかったディディエだが家庭の温もりと幸福感に浸っていく。だが、メイベルが6歳のとき白血病と診断される。幼いメイベルが、病と闘い辛い治療に耐えている姿にぶつけ所のない怒りにいら立っていくディディエ。治療に一応の効果が見られメイベルは一時帰宅できた。だが、あるひテラスの透明の屋根に鳥がぶつかって死ぬと、その死骸を抱いて話そうとしないメイベルは、無理にでも取り上げて処分しようとするディディエに「死んだらどこへ行くの?」と問う。だが、天国とか永遠の国というような信仰的な世界を信じていないディディエには答えられない。

メイベルの様態は急変し、再入院。間もなく訪れた死。娘の死にエリーゼは深く落ち込んでいく。信仰的な世界を否定するディディエとの心の世界を共有できない溝がしだいに顕われてくる。

2人の愛の相克を奏でるブルーグラス(15曲)は、すべて演じる俳優によるスペシャルバンド。 ©2012 Menuet/Topkapi Films

体中にタトゥを入れているエリーゼ。タトゥをアートに奔放なように見えても、家庭で育まれてきたカトリックの生活文化と素朴な信仰は大切にしている。娘メイベルにも永遠への心のつながりという憧憬を語り継いでいる。一方で、そうした信仰的な世界を持たないディディエ。宗教的な価値観の否定は、憧れであった自由の国アメリカをも否定し決定的な行為へとエスカレートしていく。

俺は自分自身に忠実になろうと努力した。
強い、優しい、人を愛せる、良い人間になろうとした。
でも俺にはできなかった。……」

黒人霊歌や信仰的な背景をもったブルーグラスを歌いながら、生きている世界の出来事がその歌の世界とエリーゼとの愛の世界に深いくさびを打ち込んでいくかのように捉えるディディエ。2人の激しい心の葛藤がクライマックスへと急展開していく脚色は、心に深く問いかけてくるようですばらしい。

全編に流れるブルーグラスのスタンダードナンバー。劇中で、エリーゼは’アラバマ’と改名するのだが、ハンク・ウィリアムスが出世した地名だし、ディディエに’モンロー’の改名を進めるのもビル・モンローをもじっていることはすぐ分かる。そんなシャレも少し重いストーリーを柔らかく愉しませてくれる。出演者たちによってバンドが組まれ実際に演奏しているのだが、エリーゼ役ヴェルル・バーテンスの寂寥感のある声が哀しくも一筋の希望を残したラストシーンとともにいつまでも耳に残る。 【遠山清一】

監督:フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン 2012年/ベルギー=オランダ/フラマン語、英語/111分/原題:The Broken Circle Breakdown 配給:エスパース・サロウ 2014年3月22日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開。

脚本・監督:J・C・チャンダー 2013年/アメリカ/106分/原題:All Is Lost 配給:ポニーキャニオン 2014年3月14日(土)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー。
公式サイト:http://o-bluesky.com
Facebook:https://twitter.com/2014bluesky

2014年アカデミー賞外国映画部門ベルギー代表作品、セザール賞(フランス)最優秀外国語賞受賞。2013年ベルリン国際映画祭ベストヨーロピアンフィルム・観客賞1位受賞、トライベッカ映画祭主演女優賞(ヴェルル・バーテンス)・最優秀脚本賞受賞、ヨーロッパ映画賞主演女優賞受賞作品。