映画「いのちのコール ミセスインガを知っていますか」――リクエストが結んだいのちの絆
志半ばにして病に倒れ、余命宣告を受けたらどのように生きようか。あまり考えたくないが、より良き生への大きなチャレンジではある。オリジナル書籍の企画クリエイターとして会社を経営していた渡邉眞弓さん(享年56歳)は、自身の健康を冒した’子宮頸がん’という女性特有の病気に対する偏見や治療と向き合い、この作品の企画を若い世代への啓発として遺して逝った。DJ役の室井 滋とヒロイン役の安田美沙子の2人の演技が、いわゆる啓発ものの堅苦しいイメージから救っている。
横浜・金沢八景のマンションで引っ越し作業をしている河原たまき(安田美沙子)と恋人の大島高志(山口賢貴)。結婚前の会話に、未来への幸福感があふれている。だが、結婚式を前にたまきが教鞭をとっている学校で倒れた。医師の診断は子宮頸がん、一刻も早く手術をと勧められる。そして、手術後の妊娠は望めないことも告げられる。結婚は諦めるべきかと悩むたまきに、高志は「ぼくが守る」と言ってくれるのだが…。
2年後。ラジオDJの杉田マユミ(室井滋)は、25年間担当した生番組「ジェットストリーム」の最終回の放送に臨んでいた。ラジオネーム、インガと名乗る女性からの電話リクエストを受け取ったマユミ。最終回を惜しむほかのリスナーからの電話とは明らかに様子が違う。しだいに自殺をほのめかすような言葉が出てくる。2年前に子宮頸がんを発症したたまきだった。その後、高志とは気まずくなり別れた。インガとは、飼っていた猫の名前から付けたラジオネームだった。
たまきからの電話を切らせずに番組を進めていくマユミ。製作スタッフは動揺するが、リスナーからは同じ子宮頸がんの偏見に悩みなが治療した経験談などが電話で寄せられ、たまきに死ぬなという励ましのコールが届く。別番組で医療コメンテーターとして出演していた眞弓の友人で女医の野川サチコ(筒井真理子)も、たまきの番組に飛び込んできて病気に対する偏見を医療的なアドバイスで和らげようと努力する。
重要なテーマでもある子宮頸がんという病気は、毎年15,000人もの女性が新たに診断され、35,000人以上の女性が亡くなっているという。最近では20代、30代の女性の間に増加していることが、渡邉眞弓さんにとっても気がかりなことだったのだろう。
たとい一人であっても命をかけた情熱は、幾人もの心に生きていることの絆を結んでいく。病気に対する偏見に悩み治療に苦しむうちに、人から遠ざかり一つひとつの絆が途切れていく。番組の最終回に自分の最後のリクエストを送ったインガのコールに、リスナー個人との心の絆を結ぶメディアとしてラジオがまだ期待できることにも、どこか温もりを覚える。 【遠山清一】
監督:蛯原やすゆき 2013年/日本/86分/ 配給:リトルバード 2014年6月7日(土)よりシネマート銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.mrs-inga.com
Facebook:https://www.facebook.com/ingamovie