映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」――信念と“ことば”の政治リーダー像
英国とナチス・ドイツが戦火の火蓋を切った時期の英国首相ウィンストン・チャーチル(1874年11月30日~1965年1月24日)。彼が独裁者アドルフ・ヒトラーの野望を見抜き、ヒトラーとの平和交渉を主張する多数の保守派を抑えて、徹底抗戦を指導するリーダーシップと人間性を描いている。
首相就任の政治状況と
ダンケルクの救出作戦
物語は、ヒトラーが東欧および北欧を制圧し、ベルギー国境からフランスへの侵攻を窺わせる緊迫した情況の1940年5月9日から始まる。ドイツとの和平交渉を探ってきたチェンバレン政権は、英国の防衛強化を怠ったとして内閣不信任となり、後継首相を誰にするか。そのような情況であっても、まだ保守党内はヒトラーとの和平交渉推進が席巻している。だが挙国一致内閣を組閣する必要から、歯に衣着せぬ論調と第一次世界大戦時の作戦失敗などで嫌われ者のチャーチル(ゲイリー・オールドマン)が首相に選ばれた。
国王ジョージ6世(ベン・メンデルゾーン)は、これまでの軍事・政治的な失策をみてきて「なぜハリファックスではないのか」といぶかりながらもチャーチルを首相に任命する。チャーチルは、組閣のために招集した議員らにヒトラーとの徹底抗戦を主張する。だが、保守党内の反応は鈍い。外相のハリファックス子爵(スティーブン・ディレイン)は、なおもムッソリーニを介して和平交渉を進めるのが現実的だと反論する。チャーチルとハリファックスの確執は続く。
ラジオで国民に首相就任のあいさつを語るチャーチル。国民を鼓舞するため「ドイツ軍はフランスに侵攻した。しかし打撃を受けたのはフランス軍のほんの一部だ。…」と過小評価して団結を呼びかける。放送後、国王から「国民に嘘をつくのはよくない」と忠告の電話を受けるチャーチル。
実際、ドイツ軍のフランス侵攻により駐留していたイギリス軍は、カレーに約3万人、ダンケルクに約34万人の部隊が包囲されて身動きできない情況にあった。和平交渉を進めてどちらも助けるのが現実的だとするハリファックス外相。チャーチルは、カレー部隊にドイツ軍をひきつけさせてダンケルクの34万の兵力を救出する作戦を断行しようとする。だが、大きな犠牲を目の前にして苦悩するチャーチル。そのチャーチル邸に深夜の来訪者。国王ジョージ6世だった…。
チャーチルのメイキャップと
人格描写の演技・演出に驚愕
今年3月5日に授賞式が行われた第90回アカデミー賞で主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞(辻 一弘)を獲得した話題作。ジョー・ライト監督は、キャラクターの外見に似たキャストではなく「キャラクターの本質を捉えて描く」キャスティングを選択したという。チャーチルにキャスティングされた主演のゲイリー・オールドマンは、映画界から引退してアーティスト活動していた辻一弘に特殊メイクアップを依頼した。役者としてチャーチルの人間性を観察して演じるオールドマン。細面でまったく骨格の異なるオールドマンを特殊メイクでそっくりさんに仕上げ、酒と葉巻が大好きなチャーチルの肌の色つやや頬のたるみ、会話での筋肉の動きまで計算しつくした辻一弘卓越した技術。2人が研究し作りあげて演じるパフォーマンスには驚嘆させられる。
戦争映画だが、ダンケルクでの戦闘シーンは少なく、ヒトラーとの平和交渉を主張する保守党と徹底抗戦を主張するチャーチルのリーダーシップと人間性を描いている。妻クレンメンティーン(クリスティン・スコット・トーマス)との夫婦愛と励ましの存在感、国王ジョージ6世との人情の機微、実在の私設秘書エリザベスの庶民的な観察眼、平和交渉論者ハリファックスとの確執などをとおしてチャーチルの強固な意志と人間的弱点もフランクに表現され惹き込まれていく。国王の勧めを受けて市内の地下鉄で市民の声を聴き、市民とともにネバー・ギブアップの意思を固めるシークエンスは、フィクションの演出のようだが、ジャーナリスト出身のチャーチルが市民の声を聴き市民を弁論で動員する政治リーダーだったことを強く語っていて心に響く。【遠山清一】
監督:ジョー・ライト 2017年/イギリス/125分/原題:Darkest Hour 配給:ビターズ・エンド、パルコ 2018年3月30日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト http://www.churchill-movie.jp/
Facebook https://www.facebook.com/ウィンストンチャーチルヒトラーから世界を救った男-1996110690672515/
*AWARD*
2018年:第75回ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ゲイリー・オールドマン)受賞。第90回アカデミー賞主演男優賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞(辻 一弘)受賞ほか多数。