映画「エヴァ」――罪の妖しさに惹かれる人間の性を映し出す演出の妙味
イギリスのサスペンス作家ジェイムズ・ハドリー・チェイス(1906年12月24日 – 1985年2月6日)の同名小説(邦題「悪女イヴ」)の映画化。2017年7月に他界したジャンヌ・モローが、謎めいた高級娼婦エヴァを演じ(邦題「エヴァの匂い」1962年)、運命的な女性と出会った男性が身を持ち崩していくファム・ファタール映画の佳作として今春2月から再上映されている。本作では、エヴァをイザベル・ユペールが演じている。ブノワ・ジャコー監督が、「エヴァの匂い」のリメイクではないと断言しているように、イザベル・ユペール演じるエヴァは、高級娼婦をしている事情を窺わせるストーリー展開を見せながら、エヴァに惹かれていく若い男が罪の妖しさに惹かれる人間の性(さが)を映し出しているブノワ・ジャコー監督の演出の妙味を感得させてくれる。
あらすじ
パリの高級アパート。イギリスから来ている老作家の介護に来た作家志望の若い男ベルトラン(ギャスパー・ウリエル)。老作家は書き上げたばかりの戯曲「PASSWORD」のことを話しながら、ベルトランを浴槽に誘う。その直後、老作家は体調が急変し浴槽に身体が沈み込んでいく。それを見つめ詰めながら助けようともしなかったベルトランは、プリントアウトされた戯曲「PASSWORD」の脚本とパソコンを持ち去って行く。
ベルトランは戯曲「PASSWORD」を自分の作品と偽って発表し大ヒットを収める。新進作家として人気上昇のベルトランは、富豪の娘カロリーヌ(ジュリア・ロイ)と婚約し順風満帆。だが、出資者レジス・グラン(リシャール・ベリ)からは、まったく進んでいない次作の執筆と完成を催促されている。カロリーヌは、執筆に専念できるようにとアルプ地方アヌシーに在る両親の別荘を提供する。車で雪の山道を走り別荘に着くと、窓を壊して一組の男女が入り込んでいた。二人がただならぬ関係だと見て取ったベルトランは、壮年の男を咎めて別荘から追い出すと、入浴した後転寝しているエヴァ(イザベル・ユペール)に魅入られ抱こうとして言い寄る。エヴァは、騒ぎ立てることもなくベルトランの頭を灰皿で殴りつけ気絶させてしまう。
戯曲「PASSWORD」がアヌシーでも初上演された。ホテルのカジノでエヴァがパトロンとルーレットに興じているのを見かけたベルトラン。翌日、パリのエヴァの家を訪ねたベルトランは、エヴァから夫のジョルジュ・マーラン(マルク・バルベ)は美術商で世界中を周っていて忙しいと、少し身の上を話す。だが、謎めいたエヴァの物言いをどこまで信じられるのか。しかし、ベルトランは、高級娼婦に惹かれていく男を題材にて戯曲を書きつつあることをカロリーヌとレジスに話し、エヴァとの関係を深めていく…。
謎めいたエヴァの妖しさは
自己の罪深さの反映か
ファム・ファタールとは、「男にとっての『運命の女』(運命的な恋愛の相手、もしくは赤い糸で結ばれた相手)の意味。また、男を破滅させる魔性の女(悪女)のこと」(ウィキペディア)。本作の原作“Eva”の邦題が『悪女イヴ』と表現されているのも、エヴァに翻弄され、妻を自殺に追い込み、みじめな男になっていく情景を強く印象付けられる。
男性が女性に惹かれていく要因が、女性の若さや美貌だけとは限らない。本作でもベルトランは、富豪の娘で若くて美しく脚本編集者でもある婚約者カロリーヌとの結婚を間近にしながらも、年上で横柄な態度をとる娼婦エヴァにのめり込んでいく。男娼を生業にしていた過去を持ち、他人の作品を偽って成功を手にしたベルトランには、作家として自分の内なる妖しさを創出する才能は備わっていなかったのかもしれない。それだけに、謎めいて妖しげなエヴァとの関係に作品の創造性を求めていく。だが、それは創作ではなくどこまでも現実の世界。自分の罪深さや自己の内面に潜む幻想を映し出しているエヴァの妖しさでもあるのだろう。ベルトランが招いた身の破滅は、「この女が悪い」などと他人の所為にできるものではない。禁断の実を食べるようと誘ったエヴァから、それを受け取って食べたのはアダム自身であったように。 【遠山清一】
監督:ブノワ・ジャコー 2018年/フランス/102分/映倫:G/原題:Eva 配給:ファインフィルムズ 2018年7月7日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかロードショー。
公式サイト http://www.finefilms.co.jp/eva/
Facebook https://www.facebook.com/eva20180707/
*AWARD*
2018年:第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。