ゲームとピアノ演奏には特別な才能を発揮する異父弟(左)と元プロボクサーで手の早い兄が可笑しな関係から絆を深めていく (C)2018 CJ E&M CORPORATION, JK Film ALL RIGHTS RESERVED

多彩なキャラクターを演じ“千の顔を持つ俳優”と評されたイ・ビョンホンが二枚目とハードアクションを封印し落ちぶれた元ウェルター級東洋チャンピョンのプロボクサーを演じる。17年前に別れた母親役ジュ・インスクとピアノ演奏にだけは特異な才能を発揮するサヴァン症候群を持つ異父弟役のパク・ジョンミンとひょんなきっかけで同居生活を始めるという笑いあり、涙あり、歌ありのヒューマンストーリー映画。

17年前に置き去りに
された母親との再会

元プロボクサーのジョハ(イ・ビョンホン)は、WBCウェルター級東洋チャンピオンまで上り詰めたが、40歳を過ぎたいまはスパーリングパートナーとビラ配りでしながらネットカフェをねぐらにしているその日暮らしに落ちぶれている。ある日、街の食堂で17年前に別れたまま断絶状態だった母親インスク(ユン・ヨジョン)とバッタリ再会。飲んでは暴力を振るう父親の元をジョハを置き去りにして逃げ去ったことを今も赦せないジョハだが、老いた母親からいっしょに暮らしてほしいと懇願される。その日のねぐらが無かったジョハは、渋々インスクの家にとりあえず止まることにする。だが、インスクは異父弟のジンテ(パク・ジョンミン)と暮らしていた。

唐突に「お前の弟だ」とジンテを紹介され戸惑うジョハ。しかもサヴァン症候群だというジンテは、何を言っても「はぁ~い」と答えるだけ。誰かが介助しないと生活できないジンテだが、いつもスマホゲームに興じていて、まともな会話が成立しないことにジョハの苛立ちは募る。それでもインスクは、一度聴いた音楽はピアノで演奏できる音楽的才能があると言ってジンテをかばう。そして、自分が産んだ2人の子どもたちと同居生活が出来ることを喜び、仕事に出ている間、ジョハにジンテの面倒を見てほしい頼もうとする。

インスクとの確執が失せたわけではないジョハ。ジンテを押し付けられるのはゴメンとばかり、まとまった金が入れば家を出て行くとインスクに宣言する。そんな折、ジョハは以前夜道で自分を車で轢いた女性ピアニストのハン・ガユルに街で再会する。ガユルの母親から“当たり屋”と誤解されたことに腹を立てケンカ別れしたジョハに、ガユルは未払いのままになっている慰謝料の話しをする。カナダに移住したいと思っていたジョハは、その渡航費用と当座の生活費を吹っ掛けると、ガユルはすぐに応じた。そのとき、ジョハはガユルの片足が義足であることを知る。

そんな折、インスクは見入りのいい仕事の口があるので1か月家を空けなければならくなったという。しかも、生活費は置いて行くので、不在の間に開催されるピアノコンサートにインスクを出場させほしいと頼まれ、仕方なく引き受けるジョハ。だが、インスクには他人には言えない覚悟と思惑があった…。

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赦せない母親を断ち切れない兄
他者の介助なしには暮らせない弟

自分を置き去りにしてDVの夫から逃げ去っていった母親。そんな父親のもとで育ち、プロボクシングの世界でチャンピオンにまでなった男。落ちぶれても、道を踏み外していない生き様に、赦せない母親だが毎日手のかかるサヴァン症候群の異父弟を一人で育ててきた姿を観て親子関係を断ち切れない心根の優しさをコミカルに演じる兄ジョハ役のイ・ビョンホンが惹きつける。

母親インスク役のユン・ヨジョンの覚悟を決めていくプロセスの表情が素晴らしくいい。我が子を置き去りにした負い目を内面に抑えながら、毎日介助しないと生活できない異父弟ジンテを溺愛する素振りはジョハを目の前にしても変わらない。自分がいなくなった後、ジンテのピアノ演奏の才能で生きてほしいと夢を託す存在は見出せるのか。そんなインスクとジョハが、ジンテに振り回されながら言葉を交わし、想いを通じていく。ジョハとワインを飲みかわし、酔ったふりをしてジョハとダンスを踊る母親の心情と距離感が何とも切なく心に残る。

断絶状態だった母子とサバン症候群を持つ異父弟の切れそうで切れず絡み合ったまま絆が解きほぐされていく物語だが、音楽映画としても愉しめる。驚きは、演奏シーンのピアノ曲をジンテ役のパク・ジョンミンが吹き替えなしで実演しているところ。教会の聖歌隊の練習でスマホゲームを見ながらピアノ伴奏してしまう。ピアノコンテストと演奏会でのピアノコンチェルトなど讃美歌からショパン、チャイコフスキーらの楽曲を3カ月の猛特訓で演じ切っている。母インスク、兄ジョハ、弟ジンテ、三人三様の夢の世界を育んで生きている姿が、1980年代半ばに人気を博した韓国のバンド「ドゥルグックァ」の代表曲「それだけが僕の世界」(本作と同タイトル)を主題歌に挿入している心情と重なり、想い合う絆の強さが染みてくる。 【遠山清一】

監督・脚本:チェ・ソンヒョン 2018年/韓国/120分/映倫:G/原題:그것만이 내 세상、英題:Keys to the Heart 配給:ツイン 2018年12月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト http://sorebokumovie.com
Facebook https://www.facebook.com/pages/category/Movie/それだけが僕の世界-528769874224745/

*AWARD*
2018年:第38回黄金撮影賞撮影賞金賞(キム・テソン)・演技大賞(イ・ビョンホン)・新人女優賞(チェ・リ)受賞。