”地上最高の悪役を演じろ”と命じられ独裁者の役柄に呑み込まれていくソングン。 (C)2018 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

2018年のエポック・メイキングな出来事として、4月27日軍事境界線上(休戦ライン)の板門店で北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長と韓国・文在寅(ムン・ジェイン)大統領が南北首脳会談。さらに、9月19日にはムン・ジェイン大統領が北朝鮮・ピョンヤンを訪問して2回目の南北首脳会談を行った南北関係緩和の兆しが思い出される。

遡れば、2000年6月に北朝鮮最高指導者の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が韓国の金大中(キム・テジュン)大統領をピョンヤンに招きはじめての南北首脳会談が実現した。だがあまり知られていないが、それ以前にも南北首脳会談への準備が進められた史実がある。朴正煕(パク・チョンヒ)大統領時代の1972年7月4日、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)主席との間で南北共同声明発表され、韓半島統一への機運が高まった。本作は、首脳会談の準備に向けてキム・イルソン主席の代役を命令された売れない俳優の悲哀をとおして子煩悩だった彼と息子の親子関係を描いている。

【あらすじ】
1972年、ソウルの小劇場、シェークスピアの「リア王」が上演されている。破滅を迎えるリア王に最後まで寄り添っていく道化の代役に急きょたてられたキム・ソングン(ソル・ギョング)だが、舞台で台詞が頭から飛んでしまい公演は台無しになった。演出家にこっぴどく叱られている姿を母親と小学生の息子テシク(パク・ミンス)に見られてしまう。そんなソングンに、キョンブ大学演劇科教授ホ・サムン(イ・ビョンジュン)が、募集しているオーディションを受けないかと声をかけてきた。

妻が病床に臥せって先立たれても演劇は止められなかったソングン。今度こそと必死にしがみつく思いでオーディションを受け、合格した。だが、そのオーディションは公演目的ではなく、国家情報機関が南北首脳会談の準備のためキム・イルソン主席の代役を作りあげるため秘密裏に行われたものだった。プロジェクトの責任者オ・ヨングァン長官(ユン・ジェムン)がソングンに命じたのは「地上最高の悪役キム・イルソンを演じろ」。演技指導はホ教授、会談の模擬問答の台本は、ソウル大学国文科の学生でキム・イルソンの“主体思想(チュチュ思想)”を学内で唱えて長期囚になったイ・チョルジュ(イ・ギュヒョン)が担当させられた。情報機関の施設内でキム・イルソンの代役づくりが始まった。ソングンへの謝礼は機密扱いの高額。ソングンは住居を買い、立派な机といす、資料を収集し自宅でも役作りに励む。そんな父親を見ていて、幼いシテクは自分の父親ではないみたいと感じ始める…。

高利貸しへの返済に窮した息子テシクは実家を売ろうとしてキム・イルソンになりきっている父親の実印の在り処を探ろうとするが… (C)2018 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

22年後。72年の南北首脳会談は実現しなかった。役作りにのめり込みすぎてキム・イルソンになりきっていたソングンは、認知症もあって施設に預けられている。成人したシテク(パク・ヘイル)はマルチ商法を主宰しているが、はかばかしくはない。高利貸しのペク社長(ペ・ソンウ)と図体の大きい手下の男(ソン・サンギョン)が借金の取り立てにやって来た。払える金はない。だが、空き家になっている実家が再開発予定地になっているのを知り、実家を売って返済に充てることでペク社長を納得させるシテク。しかし、実印の在り処が分からない。キム・イルソンになりきっていておかしな言動をとるソングンに手を焼いていたシテクだが、仕方なくソングンを施設から引き取り、実家で生活しながら実印の在り処を思い出させようと企む。父親と監視役の手下の男所帯では食事もままならない。シテクは、自分に思いを寄せているソン・ヨジョン(リュ・ヘヨン)を家政婦代わりに呼び寄せ、奇妙な共同生活が始まるが…。

【見どころ・エピソード】
通行人1など台詞なしの配役しかつかないソングンが、必死に掴み取ったキム・イルソンの代役。演技力のない俳優が役作りを超えて役柄に憑りつかれ“地上最高の悪役”独裁者へと変貌していくソングン役ソル・ギョングのコミカルな味のある演技には魅せられる。

父親ソングンは、南北首脳会談が実現しなかった後も我が家で独裁者として振る舞う。22年後、そんな父親を施設に入居させ見放していた息子テシクが、借金返済のため父親と実家で生活する。父親を知らないソン・ヨジョンが作る手料理が気に入るソングン。子煩悩な優しいだった父親が独裁者に豹変したことで、不確かな父親像しか抱けないテシクはヨジョンの心情に気づかないし、気づこうともしない。ヨジョンを絡めてソングンとテシクの父子のしこりがほぐされていく。独裁者の代役に憑りつかれた売れない俳優の悲哀という重たいテーゼを、コミカルな味付けで温もりを感じさせてくれるイ・へジュン監督の演出が観る者の家族観を想い返させてくれる。 【遠山清一】

監督:イ・ヘジュン 2014年/韓国/128分/英題:My Dictator 配給:ファインフィルムズ 2019年1月5日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー。
公式サイト http://www.finefilms.co.jp/22nenme/
Facebook https://www.facebook.com/映画22年目の記憶2019年1月5日公開-2021635484565960/

*AWARD*
2014年:第51回百想芸術大賞主演男優賞ノミネート。第35回新人女優賞ノミネート。第22回韓国文化芸能大賞映画部門映画俳優大賞受賞。第35回黄金撮影賞最優秀主演男優賞受賞。