北原白秋を演じる大森南朋(左)と山田耕筰役のEXILE AKIRA (C)映画「この道」製作委員会

昔からのわらべ歌、明治初期からの唱歌を含まず、「子供に向けて創作された芸術的香気の高い歌謡」という意味付けでの童謡は、鈴木三重吉が1918年(大正7年)に創刊した児童向け月刊雑誌「赤い鳥」に始まり、詩に作曲した童謡は西條八十の童謡詩に成田為三作曲した楽譜が同誌の1919年7月号に掲載された「かなりや」に始まるとされている。“童謡誕生100年”を冠にした本作は、雑誌「赤い鳥」の童謡を担当した北原白秋と白秋の童謡詩に数多く作曲した山田耕筰の出会いと交流を描いている。“童謡誕生100年”と謳われると偉人伝になりがちだが、北原白秋の隙だらけなダメ男ぶりが妙味な感性で描かれていてキャラクター同様に憎めない。

【あらすじ】
1952年(昭和27)、小田原市で「北原白秋没後十周年記念コンサート」が開かれ、作曲した北原白秋(大森南朋)が作詞した童謡「この道」を作曲した山田耕筰(EXILE AKIRA)の指揮で少女合唱団とオーケストラが演奏した。コンサートが終了し、女性記者(小島藤子)のインタビューを受ける山田耕筰。白秋との出会いや人柄に質問がおよぶと、仕方ないかのように「彼はダメな男でした」と語りはじめる。

1909年(明治42)に刊行した処女詩集『邪宗門』が話題になり詩人として地歩を固めつつあった白秋。だが女性には甘く、翌年には臨家の人妻・松下俊子(松本若菜)との逢引きが続いていた。あまりの大胆さに師匠筋の与謝野鉄幹(松重豊)の妻・晶子(羽田美智子)も諭しに来るが、「かわいそうな女の人が隣りにいたら、放っておくわけにはいかんでしょう」と意に介さない。 1911年(明治44)に刊行した第二詩集『思ひ出』の評価が高く、名声を高めた白秋。ところが翌年、松下俊子の夫から姦通罪の告訴を受け逮捕されてしまう。一大スキャンダルに、得意の絶頂にあった白秋の名声は一気に堕ちた。

その後、俊子と結婚するが両親との折り合いが合わずに離婚。すぐに詩人の江口章子と再婚するが貧困生活の中でやはり離婚する。そのような折に児童文学雑誌「赤い鳥」を創刊し白秋に童謡と児童から寄せられる詩の選者を任せていた鈴木三重吉(柳沢慎吾)が、作曲家の山田耕筰(EXILE AKIRA)を紹介される。当時の童謡詩には楽曲はついていなかった。鈴木が「赤い鳥」に西條八十の詩に成田為三が作曲した「かなりや」を掲載したのが最初。だが、自分の詩には言葉のリズムがあり楽曲は不要と考えていた白秋は、訪ねてきた山田耕筰と口論になりケンカ別れしてしまう。

なにかと白秋の後ろ盾になっている与謝野鉄幹・晶子夫妻だが (C)映画「この道」製作委員会

だが、子どもたちのために芸術性の高い童謡を作りたいという志は、鈴木も白秋も山田耕筰も同じ想い。1923年(大正7)、関東大震災が起こった。被災し傷ついた人たちの心を癒す歌を作ろうと、二人は意気投合する。2年後、日本初のラジオ放送で二人の楽曲「からたちの花」が演奏され、続いて発表された童謡「この道」も大評判を受け、二人が作詞作曲する楽曲は童謡に限らず校歌、応援歌など幅広く作られていく。だが、戦争の影も色濃く迫ってくる。当初は軍歌など軍部からの作詞要請に応えていなかった白秋だが、三番目の妻・菊子との間の生まれた3人の子どもたちが学校で肩身の狭い思いをするようになり、詩を作る仕事も声がかからなくなってきた…。

【見どころ・エピソード】
ところどころ史実とは異なる流れも見られるが、鈴木三重吉の児童文学・童謡への意志に白秋と山田耕筰も賛同し数多くの童謡を紡いでいき、それらの作品の背景と味わいをみせていく展開と演出に好感が持てる。

本作には製作意図の外にあることだが、北原白秋と山田耕筰が明治期のキリスト教と接しかかわりを持っていたことも興味深い。福岡県柳川の造り酒屋の長男に生まれた白秋は、24歳のときに実父の出資をうけ豪華な装丁で処女詩集「邪宗門」を刊行している。内容的にも、邪宗(キリスト教)の否定からキリスト教への憧憬と受容への行程をリズミカルな詩体で構成されている詩集として評価されている。一方、医師でキリスト教伝道者の子息に生まれた山田耕筰だが、10歳の時に実父が他界。遺言により東京の巣鴨宮下(現在の南大塚)にあった自営館(後の日本基督教団巣鴨教会)に入館し、13歳まで施設で苦学する。童謡「からたちの花」は、自営館時代に「工場でつらい目に遭うと、からたちの垣根まで逃げ出して泣いた」という山田耕筰の思い出を北原白秋が詩に書き留めてうまれた作品ともいわれる。白秋の詩のリズムと山田耕筰の作曲の妙味を楽しめるだけでなく、二人が作った童謡の奥深さへ興味をそそられる作品でもある。 【遠山清一】

監督:佐々部清 2019年/日本/105分/映倫:G/ 配給:HIGH BROW CINEMA 2019年1月11日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
公式サイト https://konomichi-movie.jp
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