映画「凪待ち」--突然失った愛、仕事、自力脱却できない騒めく心の波を静めるもの
忘れられない一発逆転の高揚感を追う賭け事三昧の日々。ある日、突然の恋人の死…。仕事も失い、自力脱却できない弱さと騒めく心の波に押し流され自暴自棄に陥っていく汚れ役の主人公を演じる香取慎吾。荒んでいく生き様がシリアスに演じられていて、ささくれ立っている心の中の荒波に凪るときがくる希望を捨てないようにと語り掛けてくる。その喪失からの再生を、主人公の人生と東北の被災地の再生へのエールに擬えた物語の構成と展開が重いテーマをほのかだが確かな光を指し示しているような作品に好感が持てる。
【あらすじ】
仕事に就かず、競輪がある日は入り浸るギャンブル依存症の木野本郁男(香取慎吾)。離婚歴がある恋人の星野亜弓(西田尚美)と高校生の娘・美波(恒松祐里)と同居している。亜弓は、東日本日本大震災で母親を亡くした後、漁師を続けながら一人暮らしをしている父・昆野勝美(吉澤 健)が末期がんの診断を受けたことを知り故郷の石巻に帰って父親を介護しながら暮らそうと考えている。郁男は、亜弓の誘いを受けギャンブルを止めて再出発する気持ちにはなっていた。しっかり者で何かと口うるさい母の亜弓よりは、鷹揚に受け止めてくれるな郁男と気が合う美波は、不承不承ながらついていくしかない。
亜弓は、帰郷すると手際よく美容院開業の準備をし、何かと勝美の世話をやいてくれていた近隣に住む友人・小野寺(リリー・フランキー)に郁男の仕事先の世話も頼んでいた。印刷会社に勤めることになった郁男は、小野寺に誘われ居酒屋にいくと酒に酔った村上竜次(音尾琢真)という中学教師に絡まれる。村上は、亜弓の元夫で美波の父親だった。仕事に慣れてきた郁男だが、会社の同僚2人に競輪のノミ屋に誘われ賭けのアドバイスをすることになった。郁男自らは賭けないが、身体に染みついたレースの興奮は心地いい。
ある日、美波が亜弓と衝突して家を飛び出し、夜遅くなっても返ってこない。郁男の運転であちらこちらを捜しまわる亜弓は次第にパニックになっていく。落ち着かせようとする郁男の言葉に、「自分の子どもじゃないから、そんな暢気なことが言えるのよ!」と非難する亜弓は車を降りて自分で捜すと言い出し、腹に据えかねた郁男も亜弓を降ろしてしまう。ゲームセンターで同級生と話し込んでいた美波を見つけた郁男。家に連れて帰ろうとしているとき、携帯に警察から連絡が入った。亜弓が防波堤の工事現場で殺害され遺体になって発見された…。
亜弓の葬式には、地元のヤクザの親分も香典を持って父親の勝美にあいさつしに来た。勝美に昔の借りがあるような様子。一方、郁男は亜弓の死が自分のせいであるような思いにふさぎ込んでいく。いつしか郁男の噂が立つようになり、印刷会社のお金が猫ばばされている事件が起こるとその噂はエスカレートしていきノミ屋で賭けをしている従業員とのケンカをきっかけに解雇される。やがてノミ屋での賭けに手を染め自暴自棄になっていく郁男…。
【見どころ・エピソード】
SMAPが解散し、アイドルの匂いを全く消し去った香取慎吾演じる40代ギャンブル依存男の心の弱さ人の優しさが、ダメ男をなんとかまともになってほしいと思わせられる魅力を醸し出していて今までにない人間味をつくりだしている。かつて地元では人気者だった亜弓が、なぜ殺されたのか。その謎を漂わせながら、よそ者の郁男に向けられる疑いやギャンブル好きな弱みへの疑念の視線を受ける郁男の心の揺らぎが痛く伝わってくる。そうした疑念の視線は、長引く復興にあえぐ東日本の被災地・被災者が感じさせられて来た痛みともつながることを想わせられる。物語の事件は、意外な犯人の逮捕で決着を見せる。郁男の生い立ちは何も触れられていないが、まだ結婚していない娘の恋人を家に受け入れる勝美と郁男の心の綾が、苦難や重たい情況のなかでも明日の希望を失わせない灯を見せている。 【遠山清一】
監督:白石和彌 2019年/日本/124分/映倫:PG12/ 配給:キノフィルムズ 2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
公式サイト http://nagimachi.com
Twitter https://twitter.com/nagi_machi