大学を卒業し出征するトールキンと見送るエディ (C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

異世界を舞台に叙事詩のような遠大な世界観を描くエピック・ファンタジーを切り拓いた『ホビット』『ロード・オブ・ザ・リング』などの作者ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン(J・R・R・トールキン、1892~1973年)。3歳で父親を、12歳で母親を亡くし弟とともに孤児になった彼が、どのようにして大学教授になりファンタジー文学を生み出したのか、その前半生を描いた物語。母親が二人の兄弟に物語を語り聞かせて眠りにつかせる思い出や、トールキンが近代兵器での大量殺戮や化学兵器など過酷な戦場の様子や様々な出来事からの経験がファンタジーへのインスピレーションにつながるような展開と演出が分かりやすく印象深い。

【あらすじ】

第一次世界大戦に従軍したトールキン(ニコラス・ホルト)が、フランスのソンムの戦場で塹壕熱に罹りながらも同じ戦場で消息を絶ったジェフリー・スミス(アンソニー・ボイル)を捜しながら彷徨い歩く情況から語られる。激しい戦火のなか高熱に気を失いかけ幼い日の母親との思い出、気を取り戻すと立ち上る戦火の炎に異世界の情景を思い浮かべては圧倒され、また気を失うトールキン。戦場の現実と混沌とした意識のなかで3人の親友たちとの出会い、妻エディスとの愛、言語学への情熱などトールキンのファンタジー文学のイマジネーションの豊かさや作品を貫く慈愛と哀しみの源泉ともいえる情景が描かれていく。

カトリック教徒で教育年熱心だった母メイベルは、夜寝る前に物語を創作しては二人の兄弟に語り聞かせていた。生活は苦しかったが、セアホール・ミルの豊かな自然は兄弟の心も豊かに成長させた。だが、12歳の時、母親が亡くなりトールキンは母の友人フランシス・モーガン神父(コルム・ミーニー)の仲介を得てフォークナー夫人(パム・フェリス)の屋敷に下宿しながら、バーミンガムの上流家庭の子どもたちが通うキング・エドワード校で奨学生として学ぶことになる。

母親が早くからラテン語の素養を身につけさせていたトールキンは、奨学生で孤児であることから孤立していた。だがケンカをきっかけに厳格な校長の息子で画家志望のロバート・ギルソン(少年時代:パトリック・ギブソン、成人:アルビー・マーバー)、詩を愛し劇作家をめざしていたジェフリー・スミス(少年時代:アダム・ブレグマン、成人:アンソニー・ボイル)、学生時代にクラシックの楽曲を1曲出版していたクリストファー・ワイズマン(少年時代:タイ・テナント、成人:トム・グリン=カーニー)ら3人の友人たちを得る。バロウズ・ティールームに入り浸り芸術はじめさまざまな議論を深めていく4人は、秘密クラブ「ティー・クラブ・バロヴィアン・ソサエティ:T.C.B.S)と称して「芸術の力で世界を変える」ことをスローガンに語り合い、互いに才能を高め合いながら友情を深めていく。

ファンタジー『ホッビト』を書き始めるトールキン (C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

トールキンは、キング・エドワード校で学びながら、同じフォークナー夫人宅に下宿しながらピアニストをめざしている3歳年上のエディス・ブラット(リリー・コリンズ)に恋する。大学進学を前にして学校の成績不振に陥り、後見人のモーガン神父から21歳になるまで文通も交際も厳しく禁じられる。オックスフォード大学に再試験で合格したトールキンは、古典文学の研究をはじめたが、後半生の恩師となる言語学のライト教授との出会いをとおして2年後には英語の言語学と文学の研究の変更する。後見の最後の年21歳を迎えたトールキンは、エディスにプロポーズの手紙を送るが彼女が婚約していることを知る。だが、チェルテナム駅で再開した二人は、互いの意志を再確認し婚約へとすすむ。そんな折、第一次世界大戦が開戦しT.C.B.Sの4人は英国軍に志願する…。

【見どころ・エピソード】

幼年期のセアホール・ミルの自然や村の風情、水車小屋などの情景がトールキンの作品に与えている影響、T.C.B.S4人の友情と才能がトールキンの作品に豊かさと深みを及ぼしている関係、妻エディスとの愛情物語などが丁寧に語られていて、トールキンの創作の源泉に惹かれていく。

一方で、トールキン自身が記述していることだが、『ロード・オブ・ザ・リング』は「基本的には宗教的でカトリック的作品」という彼のファンタジーの本質と信仰とのかかわりは、ドメ・カルコスキ監督が本作に込めた趣旨の外にある主題だったようの思われる。熱心なカトリック信徒だったトールキン。プロテスタント信徒だった妻エディスは結婚後にカトリックへ改宗している。C・S・ルイスがキリスト教徒になる経緯にもかかわりのあるトールキンの信仰と彼のファンタジーとの関係性へ関心を開くアプローチの一つとして興味深い作品でもある。【遠山清一】

監督:ドメ・カルコスキ 2019年/アメリカ/112分/原題:TOLKIEN 配給:20世紀フォックス映画 2019年8月30日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。
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