マレーシアの女性映画監督で母方の祖母が日本人というルーツを持つヤスミン・アフマド没後10年周年記念としてアフマド監督の名を世界に知らしめた本作「細い目」が、遺作となった「タレンタイム~優しい歌」とともに10月より劇場公開される。2004年の第17回東京国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞した本作は、マレー人の少女と華人の少年との衝撃的な初恋を綴りながら、マレーシアの多民族社会の複雑な世相が融和への道を望ませる物語。当時の社会情況では“あり得ない”ようなさまざまな文化的社会的“壁”を超えて描かれる“初恋”のダイナミックさは、新鮮な驚きと勇気を喚起させる。

出会って5分で長所も短所もすべて
受け入れることができる…それが初恋

ヤスミン監督は本作「細い目」によせての一文を「私は『細い目』で初恋を描きたかったのです。相手の長所も短所も、すべてを受け入れるのに5分もかからない。それが初恋です。初恋以上に真実の愛などあるのでしょうか。…」と書き起こしている。初恋の衝撃は、当人同士だけではなく人種・文化・社会的階層などを超えて相手のすべてを受け入れる真実の愛によって家族・社会をも変えていくエネルギーにも通じることを感じさせられる。

物語の初恋の二人は、マレー系少女オーキッド(シャリファ・アマニ)と露店で海賊版の映画VCDを売る華人の少年ジェイソン(ン・チューセン)。香港映画スターの金城武が大好きなオーキッドは、クラスメイトのリンと連れ立って金城武主演のVCDを買いに行く。ジェイソンは、オーキッドを一目見て魅入ってしまう。ジェイソンの視線を戸惑うこともなく見つめるオーキッド。「金城武のVCDはありますか」と尋ねるオーキッドの声で我に返り、数本の作品を紹介するジェイソン。恋愛映画は好きではないというオーキッドは「報告班長3」を買って帰る。しばらくして、ジェイソンが追いかけてきてVCD「恋する誘惑」と自宅の電話番号書いた紙を入れた袋を手渡して「観てイマイチだったらお金はいらない。君の名前は?」と聞き出す。

 その夜、ジェイソンの家にオーキッドから電話がかかってきた。最初に出たジェイソンの兄は、「ここは中国人の家だがと応答した後、「相手はマレー娘らしい」と訝りながらジェイソンに代わる。ジェイソンとオーキッドのデートが始まる。ジェイソンの親友キョン(ライナス・チュン)もマレー娘との交際を、割礼しなきゃならないし豚も食べられなくなるぞと止めるように口出しする。だが、ジェイソンにオーキッドを紹介されると、映画好きな映画がジョン・ウー監督作品だったりピアノが好きなどの趣向が合って話しが弾みオーキッドと意気投合。そんな姿に少し妬けるジェイソンだが、キョンの理解と応援は心強い。

海賊版VCDの元締めでもある顔役のジミーは、妹にちょっかいを出した男を手下に殺させるほど冷酷な男。だが、ジミーの妹は、ジェイソンに気があり言い寄ってくる。兄ジミーに言いつけるとなかば脅されながら一夜を過ごしてしまうジェイソン。オーキッドにも言えない秘密に苛まれるジェイソンは、隠していることに耐えられなくなりオーキッドに手紙を書くが…

不思議ね。文化も言語も違うのに、
心のうちが伝わってくる…

冒頭、タイトルの前にジェイソンが母親に中国語に翻訳されたインドの詩人R・タゴールの詩を読み聞かせるシークエンスが挿入されている。
どうぞ好きに言って
わが子の欠点は承知です
いい子だからではなく わが子だから愛する…
その詩を聞いていた母親は、作者が中国人ではなくインド人だと教えられ、「不思議ね。文化も言葉も違うのに、心のうちが伝わってくる」と語られている親心に感心する。このプロローグに、ヤスミン・アフマド監督が初恋物語にこめたメッセージを感じさせられる。

マレーシアは、マレー人69%、中国系華人23%、インド系(タミル)7%の多民族社会で、国教ともいえるイスラム教のほか仏教、儒教、道教、ヒンドゥー教、キリスト教など多宗教・多言語社会。本作が作られたころは、マレー系優先の政策から多民族・多文化を共有する「一つのマレーシア」の考え方が掲げられ始めた時期。それぞれの民族・言語向けの作られていた映画から、異民族の青年の初恋物語によって多民族・多文化社会のマレーシアには、すべてを受け入れる真の愛情を源泉とするところから融和が成り立つことを映画をとおして語っている。ヤスミン監督は、初恋物語にふさわしい映像美と触れ合う心のみずみずしさだけでなく、現実の社会との価値観の逆転性を描くことで発想の転換の大切さも指し示している。現実社会では、中華系が経済的に裕福な情況だが、物語ではオーキッドの両親はお手伝いさんを雇えるほどの生活力を持つ教師職の家庭で、しかも両親は、「お手伝いさん」という呼び方を禁じファーストネームで呼び合い家族同然の付き合い方をする。中華系のジェイソンは家が貧しいため進学できず裏社会の海賊版VCDを売る少年。オーキッドは、誰に対しても物おじせず筋の通った意見を主張できる少女だが、ジェイソンは裏社会に片足を入れているせいか暴力映画よりは恋愛映画の方が好みに合う。ジェイソンが憂う社会の理不尽さは、二人の初恋の行く手にも影を落としている。ヤスミン監督の眼差しは、たとえ厳しい現実が起ころうとも真実の愛は存在することを見つめているようで諦めない力が伝わってくる。 【遠山清一】

監督:ヤスミン・アフマド 2004年/マレーシア/マレー語、広東語、北京語、福建語、英語/107分/原題:Sepet 英題:Chinese Eyes 配給:ムヴィオラ 2019年10月11日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。
公式サイト http://moviola.jp/hosoime/
公式Twitter https://twitter.com/yasmin_films
Facebook https://www.facebook.com/yasmin.films/

*AWARD*
2004年:マレーシア・アカデミー賞グランプリ受賞。第17回東京国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞。