父・広志役の渡辺いっけい(右)と息子・進一役の遠山 雄

他人(ひと)を騙し、脅し、強盗することも躊躇しない、自分勝手な人間にどこまで寄り添い情愛を注ぐことができるのか。ある村にやってきた男に翻弄される母子と教会の牧師との関わりあいを軸に、自尊心を回復して生きようとすることへの信頼を問い掛けてくる物語。劇場公開映画での主演は初めてという渡辺いっけい演じる自分勝手で自堕落なダメ男と何度騙されても関わりを断ち切らない教会の牧師役・金田明夫との芸達者な繋がり具合が、物語に笑いとタイトルが醸し出す救いの味付けを印象深くしている。

村人たちから“悪魔”とよばれたダメ男
と“悪魔の子”と蔑まれるニートの息子

町の産院で産みの苦しみと闘っている加代子(平栗あつみ)。家に着替えを取りに来た夫の広志(渡辺いっけい)は、家に帰り着いたものの讃美歌の「いつくしみふかき」を鼻歌で口ずさみながらタンスの引き出しなどを物色し、お金が入っている封筒を見つけるとポケットにねじ込み立ち去ろうとする。そこに、加代子の弟・義孝(小林英樹)が尋ねてきた。よそ者で姉・加代子に言い寄り村に住み着いた広志を訝しく思っていた。物色した部屋の様子を見て「最初から騙して、全部奪うつもりだったんだろう!」と詰め寄る義孝の右足を刺して広志は山へ逃げた。だが、村人たちの山狩りで追い詰められ、義孝に銃口を突き付けられる。村人たちに一目置かれている町の教会の源一郎牧師(金田明夫)が険悪な情況で止めに入る。源一郎牧師の説得に銃の引き金から指を外した義孝は、村人たちととともに広志を“悪魔”として村から追い出す。

30年後。加代子が産んだ進一(遠山 雄)は、母親が紹介する仕事にも長続きしないニート暮らし。そんな進一を母親の加代子は、「お前はやればできる子なんだから」と甘やかしながらも懸命に就職口を捜しまわる。だが、叔父の義孝は、ぐうたらな進一が“悪魔”と呼んで追い出した広志と重なり疎ましい。進一にも直接「この村を出て行ってくれないか」と忠告するが、行く所のない進一は意に介さない。そんなころ村に連続空き巣事件が発生し、村人たちは真っ先に進一の犯行だろうと決めつける。進一には、夫だった広志同様に盗み癖があると懸念していた母・加代子も同調する。村人たちから「悪魔の子は、やっぱり悪魔だ」と蔑まれて村を追い出された進一は、行き場がなく町の源一郎牧師の教会に身を寄せた。

本作のタイトルを象徴するかのような存在感を演じる源一郎牧師役の金田明夫

30年前に村を追い出された広志は、その後も恐喝や詐欺などを繰り返し手下も3人かかえていた。だが、恐喝未遂の相手が広志たちを警察に届けたことを知り、身代わりを買って出て自首した浩二(榎本 桜)や手下たちと別れて、源一郎牧師の教会に金の無心にやってきた。進一と広志が親子であることは二人に伏せたまま、広志を教会に下宿させる源一郎牧師。子ども会の人形劇には加代子も呼び寄せ、三人を引き合わせる荒療治を仕掛ける…。

心を寄せ合えるから
自律した人生が見えてくる

日本でも長く親しまれている讃美歌「いつくしみふかき」と同じタイトルだが、主題歌は讃美歌ではなく長野県飯田市で活動するシンガーソングライター・タテタカコの同名のオリジナル曲。物語もいわゆるキリスト教映画ではない。ダブル主役の渡辺いっけい演じる広志は、どこまでも自分勝手で周囲に迷惑をかけて生きていることになんの負い目も感じていないし、遠山雄が演じる息子・進一も生まれた当日から父親はいなくなり一緒にお風呂に入るような肌のぬくもりさえ感じることなく育ったニート。人間不信を背負って生きているような二人に、希望と信頼を注ぎ続ける源一郎牧師の存在感は、みじめさに埋もれてしまいそうな物語にひとときの安らぎと一条の光を放っている。人間は、心を寄せ合えるから自立して歩もうとする人生が見えてくるようなカタルシスを感じさせてくれる。 【遠山清一】

監督:大山晃一郎 2018年/日本/107分/映倫:G/英題:HIS BAD BLOOD 配給:渋谷プロダクション 2020年2月14日[金]より長野県飯田市、21日[金]より愛知県豊川市にて先行上映。4月17日[金]より東京・テアトル新宿ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.itukusimifukaki.com/
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*AWARD*
2019年:ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ゆうばりファンタランド大賞受賞。ファンタジア国際映画祭(カナダ)First feature competition入選。第五回新人監督映画祭観客賞受賞。第五回富士湖畔の映画祭作品賞・監督賞・最優秀助演俳優賞(遠山雄)受賞。門真国際映画祭最優秀ケータリング賞・最優秀監督賞・最優秀助演女優賞(平栗あつみ)・観客賞受賞。第12回オホーツク網走映画祭北斗七星賞 Big Dipper award(グランプリ)受賞。日本芸術センター第11回映像グランプリ グランプリ受賞。JAPAN CUTS HOLLYWOOD 2019(アメリカ)正式招待上映作品。