ひょんな出会いでソウルから江陵(カンヌン)へ同行することになった剛とソル(中央)ら二つの家族 (C)2021 The Asian Angel Film Partners

政治の舞台では最も冷え切っていると評される日韓関係だが、映画「アジアの天使」は固定観念を捨てて一歩踏み出して向き合えば言葉の壁も超えて人間同士という“愛”への関係へ背中を押してくれるロードムービーだ。

妻を亡くして間のない男と元アイド
ルで社長に捨てられた女との出会い

妻が胃がんで他界して間もない小説家の青木剛(池松壮亮)は、8歳のひとり息子の学(佐藤 凌)と韓国・ソウルに着いた。兄の透(オダギリジョー)から「仕事がある」と誘われて住んでいた家も整理して渡韓した。地下一階の教会からクリスマスキャロルの合唱練習が聞こえる。同じビルにある透の事務所に行くと、透は「あの話はシャレだ」と涼しい顔で言う。憤慨する剛に、これからは韓国産ワカメで化粧品を作って輸出入すれば儲かると別の話に誘う透。気を取り直して、学のダウンコートを買いにデパートに出掛けた透と剛。剛はデパートの催しコーナーで歌う元アイドル歌手のチェ・ソル(チェ・ヒソ)の歌とどこか寂し気な瞳に魅入られる。デーパートから帰ると、透は仕事仲間に裏切られ商売の商品を持ち逃げされて全財産を失った。さすがに失意に嘆く透だが、落ち込んではいられないと、ワカメを仕入れるため剛たちを連れて日本海に面した江原道(カンウォンド)の江陵(カンヌン)へ鈍行列車で向かう。

一方、幼いときに両親を亡くしている元アイドル歌手のソルは、兄ジョンウ(キム・ミンジェ)と喘息持ちの妹ポム(キム・イェウン)との家族三人の生活を支えてきた。だが、その人気がすたれると愛人関係にあった事務所社長は知らない間に専属契約を解消していた。社長との関係も断ち切られ、傷心の思いを抱いて佇でいた橋の上で、ソルは変な雰囲気の天使を見た。その不思議な経験を引きずりながらも、故郷・江原道の伯母から求められていた両親の墓参りを思い立ち、兄と妹を連れて江原道へと向かう。

お互いに少し英語が話せることが分かり、言葉でのコミュニケーションが取れるようになった剛とソル (C)2021 The Asian Angel Film Partners

兄ジョンウが手配した車の関係で剛たちと同じ鈍行列車に乗ったソルたちは、ひょんなことから剛たちと出会う。気まぐれな透の思いつきから兄ジョンウが軍隊時代の先輩に借りたトラックに同乗して江原道へ向かうことになっる…。

あなは信じないだろう
けど…天使に出会った

日本映画なのだが、韓国でのオールロケ、9割以上の出演者・撮影スタッフも韓国側。ハングルでのタイトルは「あなは信じないだろうけど(당신은 믿지 않겠지만)」、キャッチコピーが「天使に出会った(천사와 만났다)」。

“天使”と聞くと、聖画などに描かれる受胎告知のガブリエルのように西洋的な風貌で神々しいイメージだが、透と剛そしてソルらが出会った天使はアジア系の顔立ちのオジサン。透と剛は、子どものときにこの天使に出会って左肩をいきなり嚙まれた経験をしている。固定観念を打ち砕かれる変な天使なのだが、ソルと剛らの心をつなげていく。

韓国側プロデューサーを務める映画監督のパク・ジョンボム作品には、教会の在る風景が描かれるが、本作でも天使の登場や透の事務所が教会の在るビルであり、コンビニの前でソルと剛が片言の英語ではじめて会話が通じる大切なシーンで道路の向こうに教会の十字架が見える。石井監督が日本と韓国の人々の心のつながりにキリスト教のシンボルを使っているのが興味深い。【遠山清一】

監督・脚本:石井裕也 2021年/日本/128分/映倫:G/韓国題:당신은 믿지 않겠지만 英題:The Asian Angel 配給:クロックワークス 2021年7月2日[金]よりテアトル新宿ほか全国公開。
公式サイト http://asia-tenshi.jp
公式Twitter https://twitter.com/asia_tenshi

*AWARD*
2021年:第16回大阪アジアアン映画祭クロージング作品(世界初公開上映)。