映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」ーー軍事政権から民主化への悲哀を笑い飛ばすような演出
1980年、韓国全羅南道の光州市で前年の軍事クーデター政権に反対する民主化運動を軍事鎮圧した光州事件が起きた。それから5年後を舞台にした物語。軍事政権が民主化運動を弾圧していたこの時代をイ・ファンギョン監督は、民主化への悲哀をまるで笑い飛ばすしかないようなコメディタッチのフィクションなドラマとして演出している。
笑いあり、歌あり、涙あり…
物語の後に染みる自由の重み
1985年8月下旬。2年後に第13代大統領選挙を控え、民主化運動を主導する野党党首イ・ウィシク(オ・ダルス)が側近二人とともに3年振りに帰国した。だが空港に到着する早々、国家安全政策部のキム室長(キム・ヒウォン)の指揮で拉致される。イ・ウィシクを家族とともに自宅に軟禁し、共産主義者として国外追放する画策を実行するため、全羅南道・釜山に左遷されていた愛国心が人一倍強いユ・デグォン(チョン・ウ)を盗聴チーム長として抜擢する。デグォンは、民主化運動派は共産主義者と決めつけているキム室長に心酔してく。
釜山の家族には、商社から海外出張を命じられ栄転になったと偽り、ソウルのイ・ウィシク宅の隣家へ行くデグォン。すでにドンシク(キム・ビョンチョル)とヨンチョル(チョ・ヒョンチョル)ら二人の諜報員が盗聴と諜報活動に就いていたが、ほとんど何の変哲もない日常会話がほとんどの毎日にだらけていた。デグォンは、ウィシク宅の居間と同じ家具などを再現させ、家族の一日のスケジュールと会話、訪問者や配達物などを把握させ、キム室長に毎日報告を挙げていく。
ある日、ウィシクが偽名でラジオ番組リクエストした女性ポップ歌手ナミのヒット曲「クルクル」が流れ、居間に集まっていた家族が大はしゃぎで踊りだす。その様子を緊張しながら盗聴していたドンシク諜報員が気づいた。「この曲は4回目のリクエストだ。北朝鮮との暗号に違いない」と報告するとキム室長は放送禁止曲に即決。
緊張しながら集中して24時間盗聴するのは神経が疲れる。屋上でタバコを吸いながら夜景を見ているデグォンに、ウィシクが親し気に「火を貸してくれないか」と話しかけてきた。極秘の盗聴活動を気づかれてはいけない。そそくさと家の中に引き上げる。だが、塀の補修を始めたウィシクが、デグォンの家の庭に物を落としたりと近所づきあいの様相が芽生えてくる。デグォンたち諜報員らは、盗聴しながらウィシクの家族たちに情が移りつつあった。だが、大統領選挙戦への時期が迫ってくる。民衆に大きな支持を得ているウィシクの立候補宣言を阻もうとするキム室長は、ウィシクと北朝鮮の関係を証明する証拠を捏造するようウィシクらに命じ、一方でウィシク宅を訪ねてくる盟友で右腕でもあるノグク暗殺なども画策する。デグォンの心に大きくなる揺らぎが感じられてくる…。
ジャンルはコメディ作品だが
笑い飛ばせない民主化への道
1980年代なかごろの軍事政権下にある重苦しい空気感が漂いながらも、イ・ファンギョン監督は本作をコメディ作品にジャンル分けされる演出で撮り上げている。とりわけ諜報活動でのドンシク役キム・ビョンチョルやキム室長役キム・ヒウォンらは、重たいテーマを見失わせることなくコメディの品性を存分に高める芸達者な演技で飽きさせることなくストーリー展開を導いてくれる。
大統領候補者の拉致誘拐や犯罪容疑者として自宅軟禁処分などのシークエンスが挿入されていることから、第15代大統領キム・デジュン(金大中)がモデルかと思われたが、特定の大統領ではなく第14代キム・ヨンサム(金泳三)や第16代のノ・ムヒョン(盧武鉉)など複数の民主派大統領たちのイメージを通してイ・ファンギョン監督はイ・ウィシク像を本作に具現化していったそうだ。ラストシークエンスは大統領に当選したイ・ウィシクとデグォンが再会する。本作には描かれていないのだが、史実でのその間には87年にソウルでの民主化を求める大規模なデモが起きた。まら80年代終わりから90年代にかけて若者たちが焼身自殺で壮絶な抗議も発生している。それらの出来事をリアルな時代に生きてきた世代からすれば、光州事件以後の民主化への道程を笑い飛ばすような想いにはなれない。ウィシクとデグォンが再会するラストシークエンスに、イ・ファンギョン監督もやはり笑い飛ばして終わらせることはできなかったのだろう。ウィシクとデグォンの会話には、韓国の民主化への希望の光を失いたくない温もりを感じさせられた。 【遠山清一】
監督:イ・ファンギョン 2020年/130分/韓国/韓国語/原題:이웃사촌、英題:Best Friend 配給:アルバトロス・フィルム 2021年9月17日[金]よりシネマート新宿ほか全国公開。
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