ネリーの死亡記録を確認しているジョニーは、妻ネリー本人であることに気づかない。 (C)SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014
ネリーの死亡記録を確認しているジョニーは、妻ネリー本人であることに気づかない。 (C)SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014

アウシュヴィッツ収容所から生還したユダヤ人資産家の娘ネリー(ニーナ・ホス)。彼女は、なぜ隠れ家から発見され収容所に送られたのか。ドイツ人の夫ジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)の裏切りなのか…。夫の愛情を信じたいネリーの心情をミステリアスなストーリー展開で観る者を引きこみ、悲惨なホロコーストから生還した人々を切り口にもう一つの戦後を語るサスペンスドラマ。

アウシュヴィッツから生還できたが、顔面が変形するまで虐待を受けたネリーを乗せてスイスからドイツへ帰還する秘書で友人のレネ(ニーナ・クンツェンドルフ)。検問で顔を覆うネリーをいぶかり、顔を見せろと命じたアメリカ兵だが思わず息をのむ。

ネリーは、帰国して形成手術で元の顔に戻した。ピアニストだった夫ジョニーを捜しだし夫婦生活を回復したいと望むが、「彼は裏切り者よ」と言ってレネは賛成しない。それでもガレキの街を捜し回り、クラブ「フェニックス」でボーイをしているジョニーを見つけた。だが、収容所関係者のリストでネリーの死亡記録を確認したジョニーは、ネリーと出会っても本人だとは気付かない。それどころか、ネリーに仕立て上げて一族の遺産を相続しようと企む。

パレスチナ移住を見据えながらユダヤ人を収容所へ送った元ナチを調べていたレネだが、その事実を見いだす重荷は彼女を自死へと誘っていく。信頼するレネに先立たれたネリー。いよいよジョニーの計画を実行する時が来た。駅のレストランを借り切り生き残った一族の者たちと再会するネリー。ネリーはある決意をもってジョニーにピアノの伴奏を頼み、スタンダードナンバーの「スピーク・ロウ」を歌う…。

(C)SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014
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戦争の悲惨な思い出や心の傷は、少しでも早く忘却したいと願う。だが、生還したネリーには、ジョニーを探し出すことは生きる希望への一縷の望みでもある。ドイツ人とユダヤ人の結婚に加えられた迫害という重いテーマを柱に据え、戦後のユダヤ人社会の歩みも垣間見せている。1933年にアメリカへ亡命したユダヤ人クルト・ヴァイルが、ミュージカル「ワンタッチ・オブ・ヴィーナス」(1943年)のために作曲した「スピーク・ロウ」。郷愁漂うこの曲のメロディと詞が、ネリーの心情を深めていく。ネリーとレネが会話するシーンでは、ヴァイル自身が演奏し歌っているこの曲のレコードが挿入されている。たんにサスペンスメロドラマに終わらせない知性と感性の深みを隠し味にして作り上げているところにも強く惹かれる。 【遠山清一】

監督:クリスティアン・ペッツォルト 2014年/ドイツ/98分/映倫:G/原題:Phoenix 配給:アルバトロス・フィルム 2015年8月15日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://www.anohi-movie.com
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