
関東大震災・朝鮮人虐殺から103年となる9月1日、「関東大震災 第103周年記念 追悼合同早天礼拝」(東京YMCA、東京聖市化運動本部、在日本韓国YMCA共催)、東京・千代田区猿楽町の在日本韓国YMCAで開かれた。金性済氏(日韓和解と平和プラットフォーム書記)がイザヤ書55章8~11節から、「わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない」と題して説教した。
最初に、聖書からこう語った。「イザヤ書の40~55章までは、50年間、バビロンに捕囚の民として生活していた民が、ペルシャ帝国の王クロスによって解放され、エルサレムに帰還できるという、その前夜にあたる時期に告げられた言葉だ。自分たちは、見下げられ、虐げられ、国もなく、故郷もなく、神さえもいないという、そんな悲しみに打ちひしがれた人々に対し、預言者は『わたしの思いは、あなたたちの思いとは異なり わたしの道はあなたたちの道と異なる』(55・8、新共同訳)と、神の言葉を語りかけた」
「さらに預言者は、『雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない』(10節)とたとえを用いて語った。天から降った雨とは、実は自分たちが差別され、苦しめられ、むなしく生きる人々が、バビロンの地で流した涙を暗喩(あんゆ)しているのではないか。また、そこでの暮らしは本当に降り積もる雪のように冷たく心の凍えるものあったであろう。だが、自分たちが流した涙、自分たちの心に降り積もった雪のようなバビロニア捕囚の経験を抱えながらささげられた祈りは、みなむなしく終わらずに、多くの信仰の実を結んで、天に還って神に聞き届けられたのだ、と。このように預言者は、文学的なたとえを用いながら、虐げられ、打ちひしがれた捕囚の人々の心に、解放と慰めの言葉を告げた」
聖書からそのようにみ言葉の意味を示されながら、「103年間の追悼の意味をかみしめてみたい」と話す。「昨年の12月2日に、第22代韓国国会において『関東大震災における朝鮮人犠牲事件の真相究明及び犠牲者の名誉回復に関する特別法』が可決、成立した。この法律によって、今年の年末までに9人の真相解明委員が選出され、委員会として国務総理の下におかれる。今年の12月31日にこの法律は施行され、来年から真相究明委員会が、この事件の真相究明に取り組む。3年間(2年間延長可)、毎年、大統領に年次報告が提出され、その後、5年間の研究結果を1年でまとめて、包括的な報告書が大統領に提出される。どんな結果が予想されるだろうか。たとえば毎年9月1日を国が定めた追悼の日にしよう、あるいは韓国において関東大震災朝鮮人虐殺に関する歴史博物館を造ろう、追悼碑を韓国に建てよう、といった動きが今後、予想される。これはまさに、流された涙が『むなしく天に戻ることはなかった』一つのしるしではないか」
また、8月31日には、韓国の国会議員6人と日本の国会議員9人が国会内で会談し、「実態解明に向けて緊密に協力していく」旨の共同声明を公表したことも報告し、なぜ特別法が韓国で成立したかについて述べた。
「本来、日本で成立するべきであった。だが、事件が起きたその年の12月14、15日の第47回帝国議会で2人の国会議員が、虐殺を引き起こした証拠書類を掲げながら、『この責任をどう取るのか』と、山本権兵衛首相に迫ったところ、山本首相は『追って議会で説明させていただく』と返答したまま何の責任も果たされずに、それっきり103年が過ぎた。2015年以降日本の国会議員がそのことを繰り返し追及しても、政府は『虐殺の事実を確認できない』と言い続けてきた。ところが2007年頃、虐殺の事実を知った韓国のキリスト者たちが韓国社会において追悼を始め、真相究明を実現するために2010年頃から特別法制定運動が起こった。第19代国会と第21代国会で廃案になったが、2025年12月に遂に可決成立に至った」
この特別法成立の背景には、戦後の在日朝鮮人による追悼の営み、そして1970年代から広がった日本人の追悼と真相究明の取り組みの意義が大きいと語る・・・
(次ページ[下部にログインボタン]で、日本での市民、キリスト者らによる追悼活動、今後の真相解明への展望、など)
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