カン・ジェギュ監督:
1996年に「銀杏(いちょう)のベッド」で映画監督デビュー。以後、公開当時630万人の観客を動員し日本に韓流ブームの契機となった「シュリ」(99年)や、1000万人観客動員の「ブラザーフッド」(2004年)など放ったヒットメーカー。

8月12日まで開催されたパリオリンピック。連日のようにメダルを獲得した日本選手たちの話題に多くの人たちが元気づけられた。一方、88年前のベルリン五輪マラソンで日本が初めて金・銅メダルを獲得したことは、水泳の前畑秀子選手の金メダルや棒高跳びで大江季雄(すえお)選手と西田修平選手が同率2位となり銀と銅メダルをで分けて一つにした「友情のメダル」ほどには知られていない。
日本に初めてマラソン競技で金・銅メダルをもたらしたのは、孫基禎(そん・きてい)選手と南昇竜(なん・しょうりゅう)選手の二人。ソン選手は当時の世界記録更新で優勝している。当時、朝鮮半島は日本の統治下にあったため、日本人名の登録で出場。公式記録には本名のソン・ギジョンとナム・スンニョンでは記載されなかった。
この複雑な思いのまま表彰台に上ったソン・ギジョンは、胸の日の丸を勝者に贈られる月桂樹で隠し下を向いたまま君が代を聞いていた。この様子を察知した東亜日報が、ソン選手の胸の日の丸を消去修正して表彰台での写真を掲載したことが、当局から問題視されソン選手は監視の官憲に付き添われて朝鮮に帰った。朝鮮半島での凱旋報告会の予定はすべて中止されただけでなく、当局から引退声明を迫られ選手生命を絶たれる事件に発展した。
独立後、ソン・ギジョンとナム・スンニョンは、後進のソ・ユンボクを育成し韓国選手として国際大会ボストンマラソンへ送り出そうと奔走する。ベルリン五輪で適わなかった祖国の国旗を胸に着けて走りたい。3人が目指したロード・トゥ・ボストンへの史実をもとに映画化された「ボストン1947」が8月末に公開される。オリンピック史とも関わる本作の日本公開を記念する特別試写会のため来日したカン・ジェギュ監督に話しを聞いた。

祖国の国旗を着け
民族の誇り称える

韓国の独立後、祖国の英雄と称えられたソン・ギジョンが主役の本作。韓国ではコロナ化を経て昨年9月の公開、日本公開はパリ五輪・パラリンピック開催時期に重なったが、カン監督は「オリンピックに合わせる意図はなかった」という。本作の展開もボストンマラソン選手団代表に推されたソン・ギジョン(ハ・ジョンウ)とコーチ兼選手として出場するナム・スンニョン(ペ・ソンウ)が、戦後の貧しさの中で病弱の母を看ながら働くため、“第二のソン・ギジョン”目指して頑張っていたマラソンをあきらめていたソ・ユンボク(イム・シワン)を支援し、大会出場の資金集めや米国での保証人探しに奔走する姿にフォーカスされている。

 朝鮮戦争との間に
 起きた奇跡的快挙

祖国・韓国の国旗を胸に着けてアメリカ独立のシンボルの地ボストンを走るソ・ユンボク。 (C)2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CONTENT ZIO Inc. & B.A.?ENTERTAINMENT & BIG PICTURE All Rights Reserved

当時韓国は、米国管理の難民国の資格でボストンマラソンに選手を派遣して優勝を果たした物語。ベルリン五輪でのソン選手とナム選手の史実を踏まえた映画化は、「一つの作品としての完成度を上げるため、史実とフィクションの兼ね合いでどれだけファクト(実際に起こったこと)に興味をもっていただけるに苦労するところ」というカン監督。史実には諸説あるのも実際よくあること。米国が管理する難民国・韓国の時代のためユニフォームに星条旗を着けるか太極旗かが問題になった大会委員会と記者団に訴えるシークエンスでソン代表が語ったメッセージは、「実際には記者会見ではないが、ソン代表が現地保証人で通訳のペク・ナムヒョンに太極旗を着ける意味をあきらめずに語り続け、ペク通訳からボストンマラソンの起源を聞いていた。記者の取材でもソン代表は国のシンボルとボストンがマラソン大会のシンボルとなっていることを答えていたことは事実としてあったと理解しています」という。このシークエンスでのメッセージは、競技中にソ・ユンボクがアクシデントに遭っても諦めずに立ち上がって走る続ける15分に及ぶ競技を熱く支えている。
パリオリンピックではIOC承認の難民選手団が36人、パラリンピックではこれまで最多の8人の難民選手団が出場する。政治とスポーツの狭間で揺れ動かされるのはアスリートたち。カン監督が8年ぶりにメガホンをとった本作は、アスリートの限らず市井の人々へも諦めないことの力強さを語り伝えている。 【遠山清一】

映画 ボストン1947】監督:カン・ジェギュ 2023年/108分/韓国/韓国語・英語/映倫:G/原題:1947 보스톤、英題:Road to Boston 配給:ショウゲート 2024年8月30日[金]より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー。
公式サイト https://1947boston.jp