Duke Divinity School / edits by Christianity Today

 

聖書の統一性と倫理に注目した新約聖書学者で、「北東アジア和解クリスチャン・フォーラム」(頁下部に関連記事)を通じて日本の神学者、牧師とも交流のあったリチャード・B・ヘイズ氏が1月3日逝去した。邦訳著書・編著に『新約聖書のモラル・ヴィジョン』(河野克也訳、キリスト新聞社)、『パウロ書簡にこだまする聖典の声』(東よしみ訳、日本キリスト教団)、『イエス・キリストの信仰』(河野克也訳、新教出版社)、『聖書を読む技法』(編著、芳賀力訳、新教出版社)、『コリントの信徒への手紙1 』(焼山満里子訳、日本キリスト教団)など。

 

本紙提携の米誌「クリスチャニティ・トゥデイ」(以下CT)は5日に、ヘイズ氏の足跡を報じた(www.christianitytoday.com/2025/01/died-richard-b-hays-scholar-moral-vision-new-testament-scripture-narrative-sexual-ethics/)。以下、翻訳編集。

 

訃報:新約聖書の道徳観と格闘したリチャード・B・ヘイズ

記・ダニエル・シリマン

この影響力のある学者は、聖書の文学的統一性に対する自身の献身がキリスト教の性倫理についての考えを変えるきっかけになったと語った。

聖書の物語の統一性を説き、晩年に聖書の物語によって同性愛の道徳性について考えを変えた新約学者リチャード・B・ヘイズ氏が1月3日に亡くなった。76歳だった。

ヘイズ氏は、『パウロ書簡にこだまする聖典の声』、『新約聖書の倫理』、『想像力の転換』、『聖書の本質を読み解く』、そしてCTが20世紀の最も重要なキリスト教書籍100冊のうちの1冊に選んだ『新約聖書のモラル・ヴィジョン』の著者である。

「ヘイズは打席に立つたびにホームランを打ってきた」とCTは1999年に報じた。「懐疑論者が彼のアプローチに抵抗しにくいのは、彼の思考の質による。柔軟で、明晰で、説得力があり、非常に知識が豊富だ。彼の議論に穴を見つけるのは難しい」と。

しかし、息子と共著した最後の著書(『神の慈悲の拡大』)で、ヘイズは自分自身が穴を見つけたと発表した。彼は性倫理に関する聖書の教えについて考えを変えたのだ。実際、彼は神が考えを変えたと信じており、新約聖書は同性愛を明確に非難しているが、神はもうそうではないと主張した。神の慈悲は広がったのだ。

しかしながらヘイズは、彼の思想のこの後期の発展は聖書に対する彼の見解に基づいていると主張した。

「物語として読む聖書は、ダイナミックで個性的な神のビジョンを示し、私たちが解決済みだと思っていたことを再形成することで常に私たちを驚かせることができる」と彼はCNNに語った。

多くのキリスト教徒は神が考えを変えるかもしれないという考えに驚くが、ヘイズ氏は、その考えは聖書の啓示よりもギリシャ哲学と関係がある、と主張した。

「神が考えを変えることを示す物語はたくさんある」と彼は言った。「それが聖書の神だ。…神は変わる神として自らを明らかにしたという点で、不変だ」と。

『神の慈悲の拡大』の議論はヘイズの長年の読者の多くにとって納得のいくものではなかった。

英国の新約学者N.T.ライトはヘイズに、倫理的主張に自信を持てると思う理由を尋ねた。『聖書と同性愛の実践』の著者ロバート・AJ・ギャニオンはヘイズの主張はナンセンスで、文化的圧力に屈しており、聖書に根拠がないと述べた。「聖書的男らしさと女らしさ評議会」の会長デニー・バークは、ヘイズから長年にわたり多くを学んだが、彼の考え方の転換に「深く悲しんでいる」と述べた。

 

ヘイズ氏は、人々が怒っている理由は理解できると述べた。彼は本当に関係を悪化させたくはなかった。しかし、彼は聖書の教えに忠実でなければならなかったし、変化はキリスト教徒としての生き方の一部である。

「聖書自体が常に私たちに呼びかけているのは、悔い改めだ」と、彼はナショナル・パブリック・ラジオ に語った。「ギリシャ語ではメタノイアと言い、考えの変化を意味します。」

彼は、この本が彼の「最後の言葉」となることを望んでいると付け加えた。数か月後、彼はホスピスケアに入院した。

ヘイズは1948年5月4日にオクラホマ州で生まれた。彼の父親は航空機パイロットで、母親はメソジスト教会のオルガン奏者だった。両親は彼が3歳のときに離婚し、ヘイズは母親に育てられ、彼女が働いていた教会で多くの時間を過ごした。

その経験により彼はキリスト教を拒絶するようになった。 「高校の後半になる頃には、教会は偽善者だらけで、関わりたくないと決めていた」と彼はデューク神学校のケイト・ボウラー教授のポッドキャスト番組「Everything Happens 」で語った。

ヘイズは、イェール大学に進学した際に、キリスト教徒は皆偽善者であるという信念に疑問を抱いた。同氏は同大学の有名な牧師ウィリアム・スローン・コフィン氏と出会い、ベトナム戦争反対や公民権運動支援など、自身の信仰が社会活動へと導いたことに感銘を受けた。

その後、ヘイズは聖書を読んで回心した。大学2年生の冬休みに母親と一緒にオクラホマの教会に行き、クリスマスイブの礼拝に参加した。礼拝前の薄暗い教会で、彼は席に置かれた聖書を手に取り、何気なく開いた。彼の目はマルコによる福音書第8章35節に留まった。「自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音のためにいのちを失う者は、それを救うのです。」

「胸を、バンッと直撃したんだ」と彼は後に言った。。

彼は、福音のために命を捨て、キリストとともに死と復活の神秘に入るということが、具体的にどういうことなのか、よくわかっていなかった。しかし、その言葉は彼を驚かせ、彼の言葉を借りれば、「衝撃を受けて、イエスに自分の命を捧げることになった」。

 

数年後、ヘイズは妻のジュディにプロポーズしたとき、自分は牧師になるつもりだ、さもなければロックンロールスターになる、と彼女に告げた。

イェール大学卒業後、彼は実際にマサチューセッツ州ロングメドーの高校で英語を教える仕事に就いた。この若いカップルは、 「急進的なキリスト教」を実践しようとしている無宗派の家庭教会に参加した。このグループは、ドイツの神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーの教えに深く根ざしており、ボンヘッファーは『弟子の代償』と『共に生きる生活』を著した人物だ。

数年後、ヘイズは英語を教えることに満足できず、イェール大学に戻って神学部に入学し、聖書を学ぶことを決意した。

しかし、彼は他の神学生や神学校教授のほとんどとはテキストに対する考え方が異なっていることに気づいた。「彼らは主に、伝統や編集の層で覆い隠された複数の仮説的な情報源や仮説的な歴史的事実を仮定することで正典テキストの背後を探ろうとする聖書批評の一形態に興味を持っていた」。一方ヘイズは、聖書の文学的質、物語の形、統一性にひかれた。

「この書には、深く繊細な物語の統一性がある。統一性が教会の命令や巧妙な編集設計によって押し付けられたのではなく、多様な聖書の証言が、イスラエルの物語における神の恵みに満ちた行為を共通に証言しているからだ」と彼は語った。「全体を読み、各部分が全体とどう関係しているかを理解する必要がある」と。

ヘイズは1981年、イェール大学でそのように聖書を教えようとし始めた。同年、彼は合同メソジスト教会の牧師に任命された。著書『パウロ書簡にこだまする聖典の声』では、パウロが旧約聖書を引用した方法を研究した。多くの学者がパウロは聖書を文脈から切り離して引用していると述べたのに対し、ヘイズは、パウロはメタレプシスと呼ばれる文学的手法、つまり読者を文脈に引き込むために断片を引用しているのだと主張した。

1991 年、ヘイズはデューク神学校に移り、神学者のエレン・デイビスとスタンレー・ハワーワスとともに研究した。1996年に『新約聖書のモラル・ビジョン』を出版し、キリスト教徒は聖書からいくつかの道徳的原則を抽出し、それを特定の倫理的二者択一の課題に適用しようとするべきではないと主張した。その代わりに、全体的な物語とそこから浮かび上がる共同体、十字架、そして新しい創造というテーマに注意を払うべきだ、と。

この本は、ある評価によれば「新約聖書研究で最も引用されている作品の一つ」となっている。

N.T.ライトはこの本を「新鮮な空気」、さらには「半ば理解された疑似道徳と流行の妥協の霧を吹き飛ばし、代わりに真の人間性と本物の神聖さという初期キリスト教のビジョンを明らかにするハリケーン」と評した。

ハワーワスは、「新約聖書の実際の解説を読もうとするなら、リチャード・ヘイズ以上に読みたいと思う著者などほとんどいない」と語った。

 

しかしヘイズ自身は、性倫理に関する本の中で、次のように書いた箇所について後悔するようになった。

「新約聖書は、私たち自身が罪人であり、神によって造られた性別を持つ被造物であることについて真実を語っていると認めなければならない」と彼は1996年に書いた。「男女間の結婚は人間の性的充足の標準的な形であり、同性愛は、私たちが神の愛ある目的から疎外され壊れた人々であることを示す多くの悲劇的な兆候のうちの1つである」

ヘイズは、ノースカロライナ州ダーラムのメソジスト教会で奉仕するLGBTQの人々と関係を築き始めたときに、この問題について考え直し始めた。ヘイズはワーシップチームに参加し、ギターを弾いた。そのワーシップチームのリーダーはクィアであることを認め、なおかつ、キリストに深く献身的な弟子であると自認していた。

ヘイズは、性に関して、聖書のより広い物語を実際に調べたのではなく、単に証拠となる聖句を読んでいただけだったと考えるに至った。

LGBTQ肯定に反対していた彼の考えは、弱まっていった。

「聖書は、神がその寛大さ、恩寵、慈悲の広さで私たちを驚かせ続け、人々を驚かせ続けるという、はるかに大きな神の姿を私たちに示している」とヘイズは語った。「なぜ今、状況が変わったのか、私には理解できない。しかし、それは神の特権なのだ」と。

ヘイズは2015年7月に膵臓がんと診断された。医師らはクリスマスまでもたないだろうと告げた。

彼はその知らせに打ちのめされ、孫たちの成長を見られないと思うと、抑えきれないほど泣いた。しかし、彼は再び聖書に慰めを見出し、妻と毎晩一緒に詩篇を 読み始めた。

彼は、この診断によって、初めて自分を信仰へと導いたイエスの言葉の神秘に引き戻されたと語った。彼は命を失うことになるだろうが、そのとき初めて命を見つけるのだ。

「それは、生命そのものを手放し、死と復活の神秘の中に入ることだ」と彼は語った。「私自身が文字通りの死と隣り合わせになったことで、私たちの希望はキリストとの結合と肉体の復活という究極の約束にあるという確信が深まった」

治療と手術の後、ヘイズは7年間がんを再発しなかった。しかし、2024年秋、スキャンの結果、両肺への転移が見つかった。ヘイズは家族に囲まれてクリスマスを過ごし、その後ナッシュビルの自宅で亡くなった。

ヘイズの遺族には妻のジュディと子どものクリストファー、サラがいる。

 

関連記事

日・中・韓・米・北朝鮮の神学者ら 和解のための協議会――緊張の北東アジアに平和づくり 2013年02月03日号

壊れやすい平和 顔の見える関係で育てる--第1回北東アジア和解クリスチャン・フォーラム 2014年07月20日号

北東アジア和解クリスチャン・フォーラム、長崎国際シンポ、東京国際神学シンポ 2015年05月24日号

「イエスの信実への参与」 「 刑罰代償説 」を克服する パウロ贖罪論の新たな視座 2018年03月25日号

 

―――――――――――――――――――――――――□
【お知らせ】★週刊「クリスチャン新聞」がリニューアルしました!!★

☆新たな装い 今求められる情報を伝道牧会の最前線へ
☆紙面レイアウトを刷新 文字が大きく読みやすく
☆独自取材による特集企画で教会が今直面している重要テーマを深く掘り下げる特集企画
☆教会の現場の必要に応じた新連載が続々スタート

□―――――――――――――――――――――――――□

★「クリスチャン新聞WEB版 https://クリスチャン新聞.com/csdb/」(有料)では、
1967年創刊号からの週刊「クリスチャン新聞」を閲覧、全文検索(1998年以降)できます。