映画「リアル・ペイン ~心の旅~」――家族の絆を想い歴史の深みと向き合う大切さ

悲惨なホロコーストを生き延びた最愛のユダヤ系の祖母が亡くなった。アメリカ・ニューヨーク州に住む従兄弟(いとこ)同士のデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は、遺言に従い祖母の故郷ポーランドをホロコーストツアーで旅することになった。
数週間違いで生まれた二人は、幼少期を兄弟のように仲よく過ごしたが、40代に入った現在は疎遠になっている。シャツの二番のボタンだけを嵌める着こなしにこだわるデヴィッドは、デジタル広告の仕事に就いて妻と子どもたちとの家庭を築いている。だが、自分が立てた計画はやり遂げたいという完全主義的な面もある。一方のベンジーは無職で、楽天的で奇抜な行動と自己の理論を展開する。性格的には正反対の二人が数年ぶりに再会し、ツアー参加者らとの旅先でさまざまな騒動を起こしてしまう。そうした出来事に心が揺れていく二人は、互いに押し隠していた心の軌跡に気づかされ、自分たちが抱いていた“生きづらさ”から成長していくロードムービー。
いつしか疎遠になっていた
二人の心を癒す心の旅路に
再会の待ち合わせ場所は、ポーランドのワルシャワ空港の乗客ロビー。先に到着したベンジーは、ロビーを行き交う人たちの行動をベンチに座って観ている。出発の3時間前には集合したいと思っているデヴィッドは、交通渋滞に巻き込まれて焦る気持ちで空港に到着。そんな彼をベンジーにいたずらっぽく驚かされ、何度も送ったメールにノーレスポンスだったことをデヴィッドになじられると、ベンジーの答えは「ここで変人を観察していると楽しい」と変わっている。
ツアーは、ガイドの英国人ジェームズ(ウィル・シャープ)とアメリカから来た老夫婦マーク(ダニエル・オレスケス)、ダイアン(ライザ・サドヴィ)と中年女性マーシャ(ジェニファー・グレイ)のユダヤ系の人たちとルワンダの大虐殺を生き延びてユダヤ教に改宗したエロージュ(カート・エジアイアワン)らの7人。ワルシャワ観光を終えルブリンのマイダネク(強制収容所跡)へ向かう列車で、何かとムードメーカーになるベンジーだが指定車両で高級ランチを食べるのは馴染まないと、自由席車両へ移動する。何かとデヴィッドを振り回し、ツアーメンバーたちは迷惑そうだがおもしろがってもいる感もある。

アウシュヴィッツに次ぐ大規模な絶滅収容所だったマイダネクを見学した夜。ホテルから収容所跡を眺める二人の会話は互いの心を打ち明けるように静かに沁みてくる…。
ポーランドの文化と歴史へ
誘うショパンの名曲たち
ホロコーストという重いテーマが、疎遠になっている二人の心に気づきと癒しをもたらすストーリー展開と演出がすばらしい。ワルシャワ、ルブリン、マイダネク(ルブリン強制収容所)、クラスニスタウへの旅を美しく描き、彼ら二人のユーモラスな行動と心の旅に付き合いながら、それぞれの人生、家族の絆、歴史のうねりとどう向き合うてきたかを想い起こさせてくれる。
重たいテーマだが、本作を脚本・監督したジェシー・アイゼンバーグの演出は、二人の巧みな会話劇で互いも心の成長を気づかせてくれる。ツアーの情景と二人の心の成長の心情を表現したワルツ6番“子犬のワルツ”やノックターン、エチュード25-1“エオリアン・ハープ”、バラード2番ヘ長調などショパンの15曲を超える楽曲が折りに適って挿入されていて心地よい。ツアーの終着地ルブリンで一行と別れた二人は、聖フランシスコ・サビエル教会とイエズス会大学があり終戦前に祖母と家族が住んでいたダクラスニスタウ市へ向かい、祖母が住んでいた小さな家を見つける。ここでも二人はちょっとおどけた行動をとり近隣の人たちから軽く注意されるが、自分でも知らなかった家族のルーツを訪ねる旅路だが、外国となった見知らぬ場所も心の故郷になるような人の絆名の深みを想う佳い作品と出会えた。【遠山清一】
監督・脚本:ジェシー・アイゼンバーグ 2024年/90分/アメリカ/映倫:PG12/原題:A REAL PAIN 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 2025年1月31日[金]よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト https://www.searchlightpictures.jp/movies/realpain
*AWARD*
2024年:第40回サンダンス映画祭ウォルド・ソルト脚本賞受賞。第37回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門出品。