「日本のキリスト教は国家主義的だった」米誌寄稿翻訳 岡谷和作
「福音派」とアメリカのナショナリズムは結びつけて見られがちだ。しかし日本の福音派は、戦時中のナショナリズムの反省のもとに歩む。本紙提携の米国誌「クリスチャニティトゥデイ」は、アメリカ留学経験もある岡谷和作さん(英国ダラム大学博士課程)による「日本のキリスト教はかつて国家主義的だった」という内容の寄稿を5月8日に電子版で掲載。内容は戦後80年を向かえる日本の教会にとっても示唆に富む。以下、岡谷氏自身の日本語訳・加筆で掲載する。
政治的統制によってキリスト教を再び偉大にするのは魅力的です。しかし、私の国ではうまくいきませんでした。
イラスト:Christianity Today / 画像出典:Pexels
日本で生活していた頃、私は自分のことを「福音派(evangelical)」と名乗ることに特段の抵抗を感じたことはありませんでした。しかし、2016年にドナルド・トランプがアメリカ大統領に初めて選出されて以降、その言葉が日本の中で政治的な意味合いを帯び始めました。その頃から特定の政党とセットで用いられる「福音派」というメディアの呼称に違和感を覚えるようになりました。
その違和感は、トランプの2期目が始まってからさらに強まりました。あるとき、ある日本人の未信者の友人から「あなたもトランプ支持者の福音派なの?」と尋ねられたときには、戸惑いを覚えました。
このような「福音派」の呼称に対して違和感を感じている日本人のクリスチャンは私だけではありません。
昨年11月、日本のある福音派系のYouTubeトーク番組に、信仰を持って間もない一人の女性から手紙が寄せられました。彼女は最近、福音派の教会に通い始めたといいます。「TVのニュースでは福音派はトランプを支持している過激な人たちだと言っていました。クリスチャンになると私もトランプを支持しないといけないのでしょうか?不安です。」という内容の質問でした。
日本では、キリスト教徒は人口の1%にも満たず、私のような福音派はそのうちの約4分の1程度です。しかし、一部のアメリカ福音派が自国を「キリスト教国家」と位置づけ、信仰的敬虔さの見られない大統領を熱烈に支持し、軍隊を賛美し、銃所持をキリスト者の権利として訴える姿を見るとき、私たちは本当に同じ意味で「福音派」を名乗っているのだろうかという疑問が湧いてきます。
「福音派(evangelical)」という言葉は今や、アメリカのナショナリズムと結びついた言葉として日本では認識されつつあります。それは2017年にトランプの最初の任期が始まって以降、徐々に醸成されてきた傾向です。このような傾向は、日本の福音派のアイデンティティーと、アメリカ福音派が体現しているとされる政治的・文化的方向性との間に、深刻な断絶を生み出しています。
私たち日本の福音派は、福音宣教の歴史においてアメリカの福音派から大きな影響を受けているのは事実です。しかし同時に、多くの日本人信徒が、アメリカ的キリスト教のあり方に対して、次第に強い困惑を抱くようになってきています。日本のキリスト教は、ナショナリズムと信仰の混同を拒絶し、第二次世界大戦前後における自国の妥協の歴史の反省から、基本路線として平和主義を擁護しています。
日本の福音派は、20世紀のアメリカの宣教運動の影響下で発展してきました。1967年に東京で開催されたビリー・グラハムによる大規模な伝道集会では、およそ1万5千人がキリストへの決心をし、日本の福音派にとって大きな転機となりました。この集会は、福音派諸教会が教派を越えて初めて一堂に会する画期的な出来事であり、後に日本福音同盟(JEA)の設立へとつながる基礎を築いたのです。
しかし、ビリー・グラハムが来日する以前から、数多くのアメリカ人宣教師たちが何十年にもわたって日本で宣教活動を行っていました。第二次世界大戦後、アメリカを拠点とする2つの宣教団体——センド国際宣教団(Send International)とTEAM宣教団(The Evangelical Alliance Mission)——は、日本各地に多数の教会を設立しました。これらの教会の多くは、後に日本最大の福音派教団である日本同盟基督教団(255教会)および日本福音キリスト教会連合(JECA)(194教会)の土台となりました。
また、TEAMの宣教師たちは1950年に日本のキリスト教出版社「いのちのことば社(Word of Life Press)」を設立し、インターバーシティ(InterVarsity)の宣教師だったアイリーン・ウェブスター・スミスは、後に「お茶の水クリスチャン・センター」として福音派教団の中心拠点となる学生宣教センターの基礎を築きました。さらにスミスは、「キリスト者学生会(KGK)」として知られる今日の学生福音運動を学生たちが形成する手助けも行いました。
しかし、アメリカの福音派の影響は単に教会や機関の設立に留まらず、日本の福音派の「思考様式」そのものの形成にも大きな影響を与えました。
将来の日本の福音派リーダーたちは、神学教育を求めてアメリカへと渡り、そこで学んだ知識と視座を携えて日本に戻り、自国でのキリスト教神学の土壌を耕し始めました。著名な例としては、フラー神学校を卒業し、1958年に聖書神学舎の創設者の一人となった羽鳥明氏、また、ウェストミンスター神学校を卒業し、1970年に日本福音主義神学会の設立に関与した宇田進氏などが挙げられます。
アメリカのキリスト教文献も、日本の信徒にとって極めて重要な資源となりました。私の多くのクリスチャンの友人たちは、10代のころにジョシュア・ハリスの『聖書が教える恋愛講座』を読み、大学卒業後にはティム・ケラーの『結婚の意味』を読んで育ちました。ミラード・エリクソンの『キリスト教神学』の日本語訳は2000年に初めて出版されましたが、今日でも福音派の神学校で最も広く使用されている教科書の一つです。
当然のことながら、日本の福音派は歴史的にアメリカ福音派の教義を多数受け入れてきました。中でも特に重要な展開の一つが、1987年に採択された「聖書の権威に関する声明」です。この文書は、アメリカで起こった聖書無謬性をめぐる論争に由来し、1980年代に多くの日本人リーダーたちがアメリカの神学校で学ぶ中で、その議論が日本にも波及しました。日本の福音派は、「聖書の無誤性に関するシカゴ声明」(Chicago Statement on Biblical Inerrancy)から深い影響を受け、聖書のすべての言葉が神によって与えられたものであると明確に宣言しました。
しかし、日本の福音派がアメリカ福音派の影響を深く受けていることについて、必ずしもすべての人が好意的に見ているわけではありません。たとえば、藤本満氏による2019年の論考では、アメリカによる神学的押し付けを問題視し、日本の福音派が単にアメリカの「ファンダメンタリズムの問題・課題を引き継いでいるのでしょうか?」と問いかけています。
上記のように宣教の面でも神学の面でもアメリカから多大な影響を受けてきた日本の福音派ですが、少なくとも二つの重要な相違が存在してきました。それは、日本の福音派がナショナリズムを拒絶し、平和主義を積極的に受け入れてきたという点です。これらの価値観は、2015年に日本福音同盟(JEA)が第二次世界大戦終結70周年を記念して発表した声明の中で、明確に表現されています。
第二次世界大戦後の日本において、聖書を誤りなき神のみことばと信じる、私たち福音派キリスト教会が結集した原点には二つの軸がありました。すなわち聖書の規範性と基本教理をないがしろにする自由主義神学との対峙、そして戦時下でイエス・キリストだけを主とする信仰告白を弾圧懐柔した天皇制・国家神道体制を標榜するナショナリズムとの対峙です。
この声明における聖書の権威と反ナショナリズムへの強調は、第二次世界大戦前および戦時中における日本の教会の二重の失敗に由来しています。当時、日本の教会は神学的リベラリズムとナショナリズムが結びつき、帝国主義的拡張を神の国の建設と解釈する、独自の「日本的キリスト教」を形成していました。
たとえば20世紀の著名な神学者・海老名弾正は、日本による朝鮮の植民地化を神の国の前進とみなしています。1910年、朝鮮併合直前に韓国のキリスト教青年に向けて行った講演では、福音の前進として神が日本人と朝鮮人をひとつにされていると語りました。
このような神の国と国家を結びつける試みは、日本の教会堂の中にも浸透していきました。1941年、政府は複数の日本プロテスタント教派を統合し、日本基督教団を創設します。礼拝では宮城遥拝(皇居の方角に向かって拝礼すること)が行われ、「君が代」が讃美歌集に収録され歌われるようになりました。これらの礼拝慣習は、1945年の敗戦まで続きました。
山口陽一氏によれば、こうしたナショナリズム的傾向の背景には、多くの日本人キリスト者が抱えていた「マイノリティ・コンプレックス」があったといいます。キリスト教が日本でおよそ250年にわたって迫害されてきた歴史を背景に、日本のキリスト者たちは、国家に積極的に「奉国」することで、社会的評価を得ようとする動機を抱えていたのです。
しかし、第二次世界大戦後に状況は一変します。日本の福音派は、信仰の表現のあらゆる側面に影響を及ぼしていた軍国主義的ナショナリズムに対し、明確に反旗を翻し始めます。そして軍国主義とは反対に平和主義を基本に据(す)えることになります。福音派の諸教会は、キリストを唯一の主と告白し、和解の使者となることを使命としてきました。
教派によっては数十年にわたる内省の末、多くの日本の教団が、国粋主義と信仰の混合と戦争への加担に対して公的に悔い改めの声明を発表するようになりました。たとえば、日本ホーリネス教団が1997年に発表した声明では、こう記されています。
「まず、私たちの教会は、神社参拝や天皇崇拝などの偶像礼拝に墜ちてしまった罪を、神の前に悔い改めます。そして、私たちの教会のアジア諸国への宣教が、日本の侵略戦争に追随するものであったことと、さまざまな戦争協力を行ってきたことを、アジア諸国の人々とその教会に謝罪します」
この戦後の平和主義的立場は、今日に至るまで日本の福音派に根強く残っています。多くの日本人クリスチャンにとって、平和を追い求め、ナショナリズムに反対することは、聖書的動機からきています。「天と地にあるすべてのものは、見えるものも見えないものも、王座であれ主権であれ、支配であれ権威であれ、御子にあって造られた」(コロサイ1章16節)のであり、キリスト以上の権威は存在しません。キリスト者は、壊れた世界の中で「平和をつくる者」(マタイ5章9節)、「和解の使者」(第二コリント5章20節参照)として召されているのです。多くの日本の福音派にとって、キリスト教は国粋主義と結びつくものではなく、戦争や暴力の手段は、少なくとも崇拝の対象ではなく、むしろ嘆きと悔い改めの対象であると理解されています。
しかし、太平洋を隔てたアメリカでは、軍国的ナショナリズムと福音派との間に、聖ならざる同盟が形成されつつあるように見受けられます。これは、日本の福音派が経験した、歴史的に、危険な道筋です。
もちろん、アメリカ福音派の中にも、キリスト教とナショナリズムの非両立性に警鐘を鳴らす声はあります。例えばポール・D・ミラーは、「クリスチャニティ・トゥデイ」の記事で、近年のキリスト教ナショナリズム運動を紹介し、次のように述べています。
「キリスト教ナショナリズムは、キリストの名をこの世の政治的アジェンダのために利用し、それをすべての真の信者にとっての政治的プログラムとして宣言する。しかしそれは、そのアジェンダの内容が何であれ、原理的に誤っている。なぜなら、キリストの名を宣べ伝え、その旗を掲げて世界に出て行くことを許されているのは、教会だけだからである」
私は、アメリカの多くの福音派の人々が、自国がもはや「道徳的多数派(moral majority)」としてのキリスト教を維持できなくなりつつある重大な局面にあると感じていることを理解し、共感しています。建国の歴史にキリスト教的要素が多く含まれている以上、政治的権力によって「キリスト教を再び偉大に(Make Christianity great again)」とする誘惑は、極めて自然で、かつ容易なものでしょう。
しかし、山口陽一氏が指摘しているように、キリスト者の「マイノリティ・コンプレックス」と政治的影響力への渇望こそ、戦前・戦中の日本において、キリスト者が国家主義的信仰へと傾斜する失敗を招いた要因でした。
日本の教会が経験したこの痛みの歴史——そしてそれが、今、アメリカの装いをまとって繰り返されようとしているかのように見える現実——が警鐘として受け止められることを願います。
岡谷さんは、ダラム大学の博士課程の学生であり、日本YLGen(Lausanne Younger Leaders Generation Japan)の運営委員です。
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