映画「アクトレス 女たちの舞台」--“マローヤのヘビ”現象を心象に大女優の心理的葛藤描く
欧米の映画、演劇シーンで高く評価されている女優マリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)。若手演出家から自分の出世作「マローヤのヘビ」の再演にオファーを受けたのを機に、大女優としてのプライドに潜む様々な心理的葛藤が表出する。演劇「マローヤのへび」とは、マローヤ峠の山間から湖面へ大蛇がうねるように雲が流れる様を表現した気象現象のことで、マリアを見出した劇作家で演出家の山荘がある地域に観られる。その山荘にこもり、役作りするマリアの心の揺れ動きが、“マローヤのヘビ”の幽玄な深みに音もなく包み込まれていく。
大女優マリア・エンダースは、自分の才能をを見出してくれた劇作家ヴィルヘルム・メルヒオーネの代わりに彼の功績をたたえる受賞式が行われるチューリッヒへと向かっている。特急列車での移動中、マリアのスケジュール調整などで忙しなく連絡を取り合うマネージャーのヴァレンティン(クリステン・スチュワート)、メルヒオーネ急逝の連絡が入ってきた。
授賞式の夜。レセプション会場に新進演出家のクラウス(ラース・アイディンガー)が、マリアに面会を求めてきた。メルヒオーネが書き、20年前にマリアの出世作となった演劇「マローヤのヘビ」のリメイクに出演してほしいという。だが、かつてマリアが演じた20歳の主人公ジグリット役ではなく、ジグリットに翻弄されて自殺する40歳の会社経営者役だという。思案するマリアにヴァレンティンは、クラウスの演出家としての才能を評価し、相手役のジグリットと演じる新進女優ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)はゴシップ紙を賑わしているがハリウッドでは滅菌されていない女優だと高く評価し、出演することを進める。
信頼されているメルヒオーネの未亡人の許可を得て、スイスのシルス・マリアにある山荘で役作りとリハーサルに取り組むマリアとヴァレンテン。だが、自分の出世作でありかつて演じたジグリットからの視点にこだわりが現れるマリア。若いヴァレンテンは、自分のアドバイスや感性がマリアの役作りに合わなくなっているのではないかと気遣い、二人の関係にも微妙な差異が生じてくる…。
女優たちの世界を描いているだけにシャネル・ブランドがマリアの衣装、アクセサリーからメーキャップまで全面協力し、シーンに応じて着こなすマリア役ジュリエット・ビノシュの芳醇華麗さには惹きつけられる。マリアの心の揺らぎをシルス・マリアの情景とヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」(ラルゴ)、「ソナタ2番ニ短調」、パッヘルベルのカノンなどの調べに琴線を奏でるみごとさなど見どころ聴きどころに浸れる。
原題は、マリヤとヴァレンテンが役作りに取り組む山荘のある地“シルス・マリア”。マリアとヴァレンテンのセリフの読み合わせや役作り、マリアがジョアンと交わすセリフの表現法と感性の機微など、一人の個性が役柄の人物になっていく厳しさと妙味にも引き込まれていく秀逸な心理劇。邦題は、一見派手な世界のイメージで受け止めていたが、この作品の世界に浸ると、役者たちの仕事が人間の内面を見つめる峻烈さをも表しているようにも思われた。 【遠山清一】
監督:オリビエ・アサイヤス 2014年/フランス=スイス=ドイツ/英語・フランス語・ドイツ語/124分/原題:Sils Maria 配給:トランスフォーマー 2015年10月24日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネメカリテほか全国順次公開。
公式サイト http://actress-movie.com
Faebook https://www.facebook.com/actress.movie?fref=ts
2015年セザール賞助演女優賞受賞。フランス映画祭2015上映作品。2014年67回 カンヌ国際映画祭正式出品作品。