映画「パリ3区の遺産相続人」--恋愛と不倫の機微があぶり出す心の傷と罪深さ
疎遠だった父親が亡くなり、パリ市内のアパルトマンと数冊のフランス語古書を遺産相続したアメリカ在住の男性が、そのアパルトマンの状態や資産価値を調べに来た。ところが、そこには長年、老婦人とその娘が住んでいた。しかも、その老婦人と亡くなった父親とは何やら関係があったらしい。どろどろとした展開から現実の起こった事実をみつめ心の傷と罪深さが露呈する。それでも、悲劇に陥れず心の温もりをもたらす脚色はなんともファンタスティックだ。
パリの古き良き香りが今も漂うマレ地区(3区・4区にまたがる地区)にある中庭付きの古風なアパルトメント。疎遠だった父親の遺産のアパルトメントを引き継ぐためにマティアス・ゴールド(ケビン・クライン)がやって来た。だが、声をかけても返事がない。半開きのドアの部屋に入ると老婦人がうたた寝していた。自称90歳のマティルド・ジラール(マギー・スミス)、いまも週1回英語を教えている。マティアスの父親にアパルトメントの権利を“ヴィアジェ”で売買したという。フランスに200年以上前からある不動産売買システムで、相場よりはるかに安価に所有権を売買するが、売主は死ぬまで住む権利があり、買主はすぐに住むことはできない。しかも一時金を支払ったのち売主が亡くなるまで年金のように一定額を支払い続けるシステムだという。売主が長寿の場合、結果的には高い買い物になることもある。
アパルトメントを売り払い旅に出るつもりでいた文無しのマティアスには寝耳に水。しかも2階には、英語教師をしているマティルドの娘クロエが同居している。条件は悪くともマティアスは、早々に権利を売って現金を手に入れるしかない。そこにホテル開発を目論む不動産エージェントのフランソワ・ロワ(ステファン・フレイス)が関心を示した。クロエは、自分たちの歴史が破壊されるとマルティアスに難色を示し、自分が買い取りたいと申し出るが、提示額が低いためマルティアスは相手にしない。
とにかくお金がないマルティアスは、物置部屋に仕舞い込まれている家具など売れそうなものを物色する。そして、自分の父親とマティルド母子がいっしょに写っている古い写真を見つけた。マルティアスに問い詰められ、マティルドは不倫関係であったことを認める。だが、57歳のマルティアスが初めて気づいたように、自分たちはそれぞれの家族を大事にしだれも傷つけないよう、迷惑をかけずに愛し合ってきたと開き直るマティルド。幼少期からマルティアスは、幼少期からの自分と母親に対して父親は冷酷な人間だと反感を抱いてきた。マティルドの言葉に、マルティアスは感情の高ぶりを抑えることが出来ず、悲惨な出来事を思い出し、止めていた酒に憂さを晴らす…。
アカデミー賞受賞俳優3人を配した母子とマルティアスの確執と人情の機微は、さすがに見応えがある。ジプシージャズのスタイルを生み出したジャンゴ・ラインハルトと若い時に火遊びの相手をしたと思い出話を語り、「あなたは不倫したこともないの?」とマルティアスに問いかけるマティルド。ジャンゴとジャズの話題に付き合いながら、3度離婚歴はあるが「一応、筋は通して(生きて)きた」と、真面目な面を見せるマルティアス。
だが、身勝手な生き方は、自分たちでは誰にも迷惑をかけていないしつもりでいても、思いもかけない深い傷を負わせてしまう。そんな重い過去が、“ヴィアジェ”という独特なシステムの売買話しを柱に、相手を思いやるストーリーへと展開していく。その小気味よい味付けはなんとも心地いい。 【遠山清一】
2014年/イギリス=フランス=アメリカ/英語、フランス語/107分/映倫:G/原題:My Old Lady/ 配給:熱帯美術館 2015年11月14日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
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